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おにいちゃん☆注意報  作者: おりのめぐむ
おにいちゃん☆注意報
30/85

消せない想い

「葵、飯だぞ!」


 着替えてからぼんやりしていたあたしにお父ちゃんが声をかける。


「う、うん」


 小さなちゃぶ台の上にはご飯とお味噌汁、そして鍋に入ったままのおかず。

 久しぶりのお父ちゃんの手料理、一口食べてみるとあの頃の味。

 2ヵ月半前と何も変わらない食卓が戻っていた。

 それなのに…。


「…葵」


 気がつくと涙が溢れていた。

 何もかもが元通りになって嬉しいはずなのに…。

 切なくて苦しくて寂しい…。

 お父ちゃんといるのにそう思えるのは何故なんだろう?

 夕食後、洗い物を引き受けたあたしは流し台の蛇口を開ける。

 お父ちゃんはちゃんと洗えると主張するあたしに驚きつつ、お風呂に向かう。

 専属で鍛えられた尻拭いでこのくらいの洗い物は割らずに洗えるんだから!

 妙な自信が付いちゃっててまた涙が出てきた。

 忘れなきゃ、いけないのに。

 この心の空虚感はなんなの?


「へえ、大したもんだなぁ」


 お風呂上りで缶ビール片手のお父ちゃんが洗い物の山を見てそう言った。


「お父ちゃんったら」


「少しの間、葵も成長したんだなぁ…」


 お父ちゃんはしみじみ呟くと一気にビールを飲み干した。


「それじゃワシは先に寝るからな」


 朝の早いお父ちゃんは部屋の奥に行くと布団を敷き始めた。

 再会して丸1日が経ったというのにお父ちゃんは何も言わない。

 おにいちゃんが行なったこと、急にこの生活に戻ったことの事情は知ってるはずなのに。

 本当ならおにいちゃんを責めてもおかしくないのに。

 これまでも自分のせいでないのに責任を負わされても、何事も口を出したりしない。

 誰が悪いとか責める訳でもなく、黙って全てを受け入れる。

 すごく尊敬してる、お人よしのお父ちゃん。

 なじられようがバカにされようがお父ちゃんが大好きだ。

 そんなお父ちゃんのそっとしてくれている優しさが身に沁みる。

 みんなみんな温かい。

 なのに、どうしてなんだろう?

 時間が経つにつれ、心の空虚感は大きくなる。

 後悔と寂しさが蓄積されていくのは…。


『許して欲しいとは言わない、だけど…』


 途切れたおにいちゃんの言葉。

 振り返った時に一瞬だけ合った瞳。

 真実が明らかになったというのにその時の寂しげな表情が焼きついていた。

 あの時、何を言おうとしてたの? おにいちゃん?

 その答えをこれから知ることはもう、出来ないの?

 苦しい気持ちを洗い流そうと洗面所兼お風呂場に移動する。

 狭い浴室は浴槽が半分以上を占めている。

 広々快適な藤堂家の浴室とは大違い。

 人ひとりが何とか座れる湯船に入り、あたしは顔を浸していた。


『全て元通りにしてあげる。だからここでの生活は忘れなさい』


 お母さんとの約束が頭によぎる。

 確かに元通りになっていた。

 前の生活と何の変わりも無い日常。

 だけど染み付いちゃってる別館での日々。

 おにいちゃんと過ごした、2ヵ月半。

 …忘れることなんてできないよ!

 息苦しくて顔を上げると頬を伝わる水滴。

 それはお湯だけじゃない。

 ふと溢れ出る涙。

 消せない思い出の日々。

 おにいちゃんに会いたい。

 そして前みたいに一緒に暮らしたい。

 裏切られたのにそう思ってしまう。

 この気持ち。

 あたし、やっと気づいた。

 おにいちゃんと一緒にいる時間が幸せだった。

 おにいちゃんに初めて抱きしめられた時、小さな鼓動が動き始めた。

 おにいちゃんが美佳子さんといた時、胸が疼いた。

 おにいちゃんで良かったとキスされた時、そう思えた。

 それは全て、この気持ち。

 おにいちゃんのことが、好き。

 好きなんだ…って!

 あたし、おにいちゃんに恋しちゃってたんだ。

 ドキドキが止まらないのはおにいちゃんのことを意識してたせい。

 いつの間にか一人の男の人として見ていたんだ。

 おにいちゃんを恋の相手として。

 今頃気づくなんて。

 …だから嘘をつかれたことが身が裂けるほどショックだった。

 今までの優しさは嘘をついてたことの裏返しなんだって。

 嘘で固められた上で成り立ってたことなんだって。

 それなのに、どこか疑わないあたしも残ってる。

 全てが嘘じゃないと信じてるあたしがいる。

 思えば思うほどおにいちゃんが恋しい。

 会いたくてそばにいて欲しい。

 忘れるどころか、思い出すばかり。

 会いたい、会いたい。

 切なさで胸が苦しくなる。

 もう、戻ることはできない、のに…!




(おにいちゃん☆注意報2へ続く)




 最後まで読破いただき本当にありがとうございます。

 この次は作品に関する解説っぽい裏話になっております。

 興味のある方のみ、どうぞお付き合いくださいませ。


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