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おにいちゃん☆注意報  作者: おりのめぐむ
おにいちゃん☆注意報
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仕組まれた罠

 10年ぶりの再会となるお母さん。

 紺のスーツを身に纏い、大ぶりのアクセサリーを身につけて背筋をピンと伸ばしている。

 最後に会った時と全然変わってないぐらいきちんとしてる。

 …でも何でお母さんがここに?


「本当に居たのね、葵」


 頭に手を当てながら近づいてくるお母さん。


「耳にした時にはまさかと思ったけど…」

 

 お母さんの瞳が鋭く光る。

 あたしは思わずビクッとする。

 条件反射なのかな? 小さい頃よく怒られた時の雰囲気のまんまだから。


「あなたはここに居る必要が無いのよ」


 唐突な言葉に頭が真っ白になる。


「…それはどういう、こと?」


「どうもこうも、無いわ。ここに居座る必要が無いって言ってるのよ」


「よく分からないよ…?」


 居座ってるつもりはないけど、そう言われると悪いことをしているような気持ちになる。

 小さい頃からお母さんに怒られる時はそう、全てあたしの行動が悪くて何も出来ない時。

 おにいちゃんが発作を起こした時だとか、迷惑をかけるようなことをしたり…とか。

 だからお母さんとの想い出は常に叱咤と恐怖。

 あたしは健康なんだからおにいちゃんのために精一杯がんばらなきゃいけないって。

 お父ちゃんもお母さんもおにいちゃんのために働いてるんだから困らせちゃいけないって。

 だけど優しいおにいちゃんに甘えてしまう幼いあたしだった。


「別に葵を責めてるわけじゃないのよ? ここに居る理由が存在しないって言ってるのよ」


「え? 理由? だってそれは…」


 もともとはお父ちゃんが責任を負った事故がきっかけでお世話になってるわけだし。

 その時、勢いよくドアが開く。

 そこから現れたのは慌てた様子で入ってきたおにいちゃんだった。

 久しぶりの対面で嬉しいはずなのに暗い表情をした姿に少し戸惑う。


「待ってくれ! 葵は何も知らないんだ。…関係ない」


「…そう、だったら知らせるのみだわ」


 何が一体どうなってるの?

 おにいちゃんがすごく動揺しているのが分かる。

 お母さんは何を言おうとしているの?


「貴裕が嘘をついてるから」


「う、…そ? おにいちゃんが嘘を?」


 お母さんはクスっと笑うとやっぱりねという顔をした。


「ここに居る理由が嘘なのよ、葵」


 おにいちゃんは表情を硬くして何も語ろうとしない。

 あたしはお母さんの言うことが信じられなかった。

 救いの手を差し伸べてくれたおにいちゃん、だもの。


「それだったら事故で壷が壊れたっていう話は?」


「それはホントね」


「じゃあ、世界で一つしかない高価な壷っていうのは?」


「…確かに値段が付けられないものだわね、一つしか同じものは作れないだろうし」


「直すのに5百万はかかるって…」


「ふふっ、まあその位はかかってるかもしれないわね、あの壷は」


 お母さんが楽しそうにクスクスと笑う。


「それじゃあ、嘘じゃない、じゃない!」


 いつだってあたしを見守ってくれてたおにいちゃんが嘘をつくはずが無い。

 興奮して声を荒げてしまう。

 だけど硬い表情のまま、口を閉ざしたきりのおにいちゃん。

 どうしたっていうんだろう?


「あの壷はね、藤堂氏自身が作成した壷なの。世界で一つなんてうまいこと言ったものね。それに作成にかかった費用がそれぐらいなのよ。まあ、趣味の一環だから壊れたと知ったら落ち込むかもしれないけど誠意をもって謝罪をすれば理解する人だわ」


「そのフォローはおにいちゃんがしてくれるって約束したもん!」


 お父ちゃんとあたしの目の前で約束したことをちゃんと覚えてる。

 おにいちゃんは約束を破ったことは無い。昔からそうだった。

 それに結局壊してしまったのはお父ちゃんの会社って事実は変わりない。

 あたしは必死にお母さんに反発する。


「…昔から変わってないのね、葵」


 ちょっと冷めた目つきで返される。


「変だとかおかしいとか思わなかったの?」


 頭を縦に振るのみ。


「そう、相変わらずなのね。葵も…あの人も」


 お母さんはフッと鼻で笑うとこう言った。


「全て仕組まれたことなのよ」


 えっ? 今なんて?

 意味が分からず、お母さんの言葉を待つ。


「つまり事故そのものが嘘ってことよ。貴裕が仕組んだことなの」


「…おにいちゃんが、仕組んだ?」


「冷静に考えれば分かるでしょう? 本当に大切なものだったらきちんとしたところにお願いするに決まってるじゃない。ましてやあんな三流の運送会社に藤堂家が依頼するわけがないってこと。それをわざわざあの人の会社に荷物を運ばせて事故に遭うように仕向けたのよ。大事故にならないようにプロを雇ってね」


「そ、そんな…、信じられないよ。ホントなの、おにいちゃん?」


 おにいちゃんを見つめると黙ったままうな垂れた。

 悲しそうに揺らぐ瞳。いつも何か言いたそうな表情はそういうことだったの?


「さっきから言ってるでしょ? 貴裕が嘘をついてるって」


「どうしてなの、おにいちゃん?」


 お父ちゃんが住み込みで働くのも、離れ離れに暮らさなきゃいけなかったのも?

 専属を任されたのも、学校が変わったのも、協力のためだってことも?

 …それが全て偽りのため、だったって言うの?


「酷いよ、どうして…? 怪我をした人がいたんだよ? お父ちゃんがすごく責任感じて大変だったんだよ?」


「…ごめん、葵」


「だったら何で? 分からないよ、おにいちゃんが…!」


 ショックで胸が張り裂けそう。

 あんなに優しくて時々意地悪でそれなのに胸がドキドキして。

 さっきまで会いたくて仕方がなかったのにそれを押しつぶされた気持ちで一杯。

 ここに居た生活は何だったの? もう信じられないよ…、何もかも…。

 悲しくて涙が止まらない。

 あたしは泣きながら部屋を飛び出していた。


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