危険な情事
あれから何ていうか散々な日々。
毎日が明人さんに振り回されてるって言ってもいいかも?
実は一つ上だった明人さんは本来なら高校3年生。
だけど海外に行ってたため休学してたらしく、この春から2年生をやり直し。
黒くて長い前髪に隠れた顔は甘い顔立ち。
クリッとした瞳にはっきりとした鼻筋、ふっくらとした唇の持ち主。
アイドル系って感じなのかな?
すぐに唇を尖らかせるのが癖みたい。
朝は別々に登校してくるんだけど、移動教室では何故か横にいる。
総合学科のせいでクラスは違っても授業は選べるからって同じにしなくても…。
というより勝手に取りたくもない授業に変えられていたり!
おバカなあたしにはちんぷんかんぷんな内容で頭がついていかなくて最悪。
それに授業中は眠ってばっかりでノートをとれって任せきり。
なのに授業後のノートを見て何だこりゃ? って呆れられたり。
だって先生、字を消すのが早くて書ききれないんだもん。
任せる明人さんが悪い! もう何科目か赤点決定だよ、ぐすん。
そんな中、唯一開放される時間が昼休み。
3人で一緒に食べてもいいのになと伝えてみたものの、冗談じゃないとムッとされた。
必要最低限の接触しかとりたくないみたい。もちろんおにいちゃんもいい顔しないしね。
それ以来学校の中ではランチの時だけ、姿を消す。
そして放課後は迎えに来た中川さんの車に一緒に乗り込み、帰宅。
でもってこっそりと別館に侵入し、勝手にあたしの部屋にも入ってきたり!
ソファーやベットで寝転んであたしのくつろぎタイムに茶々を入れる。
くつろぐどころかドッキリタイムだよ!!
苦肉の策として鍵をかけててもマスターキーを手に入れて開けたりするし!!
挙句の果てはマサさんや永井さんに見つかって連れ戻される始末。
それでもまた舞い戻ってきたりしての繰り返し。
相変わらず掴みどころの無い人で困っちゃうな。
当然、やりたい放題の明人さんの様子を黙ってはいない永井さんたち。
一応、おにいちゃんに報告はしてるんだろうけど一向に収まらない。
それどころかワザとやってるようにも思えてくる。
おにいちゃんがいい顔しないのを判ってるみたいだし。
そのくせ顔を合わせたくないのかおにいちゃんの戻ってくる頃には姿を隠す。
一度だけ鉢合わせたことがあってその時が最悪だった。
専属の仕事をしなきゃと着替えるために明人さんを追い出そうと必死。
けれどのらりくらりとそれをかわして一向に出て行かない状況。
困り果てて途方にくれているとマサさんが準備の遅いあたしの様子を見に来た。
その時、予定よりも早い時間におにいちゃんが帰宅。
騒ぎを聞きつけてあたしの部屋にやってきたおにいちゃん。
ベッドに寝そべっていた姿の明人さんが発見され、一気に険悪ムード。
激しい言い合いの後、緊張が走る。
今にも喧嘩が起こってしまいそうな雰囲気にハラハラ。
怖くてどうしたらいいのか分からなかった。
最終的にはマサさんがそばにいたから事なきを得たってワケ。
だけど、明人さんが現れてからおにいちゃんの様子が変わった。
すごく心配性になって常に気にかけてくれてるのが分かる。
だから最近、帰りが早いんだよね?
その明人さんも騒ぐだけ騒いでうまい具合に姿を消していくという日々。
巻き込まれているあたしはハラハラしっ放し。
こんな日々、心臓に悪いよ。ぐすん。
そんな不安定な日々を打ち破る日がとうとうやってきた。
たまたまマサさんも永井さんも別館を離れていた時間だった。
「あんたさあ、何でここにいるの?」
くつろぎタイムの最中、どこからとも無く現れる明人さん。
勝手に部屋に侵入し、ソファーにもたれながらあたしにそう切り出した。
「え?」
「だってさぁ、どう考えてもおかしいんだよな」
口を尖らせながら人差し指を立てる。
「お、おかしいって?」
「葵みたいなのがここにいるってのが」
「あたしみたいなのが?」
「そう。ここ2週間、ずっと見てたけどさ、藤堂家のメイドにしちゃレベルが低すぎるんだよな」
「レベル?」
「一応、格式高い藤堂家だからある一定の基準でメイドを選別して採用するはずだけど、あんたは失敗ばかりのおっちょこちょい。速攻、クビの対象。まあ、それ以前にそんなヤツを雇わないはず」
あははは…。
「それなのに永井やマサからは客扱いだし、来いって言っても本館には一つも顔を出さない。しかもアイツの言うことは守る良い子ちゃん」
ま、まあね…。
「どう見てもメイドを勤められるような口じゃない普通の女。…いや、それ以下だよな?」
もう仰るとおりでございます~~っ!
「だけど見ててすげー笑える行動するよな、葵は?」
今日だって…と思い出したかのようにお腹を抱えて大爆笑する明人さん。
本人はいたって真剣そのもの、だけど結果がそうじゃないだけだもん。
「…だから目が放せないよな」
よく人から聞く言葉。だけど明人さんはちょっと優しげに言う。
「あんたがずっとそばにいると毎日がもっと楽しいかも?」
明人さんはそう言うとソファーから立ち上がり、壁際に立つあたしに近づく。
「ねえ、ボクと付き合おうよ?」
ぐいと肩を掴まれ、近づく身体。
長い前髪からいつもと違う瞳が見える。
「な、な…」
「判らない? もっと親しくなろうって言ってるんだよ?」
ニヤリと笑う口元、ふざけてるに違いない。
「離して!」
掴む手を振り払おうとするが、余計に強く握られる。
そしてぐっと引っ張られ、明人さんの胸の中。
見上げれば顔が至近距離!!
これはヤバイ状況と必死に逃げようとするけど、後ろは壁で身動きが取れない。
ひえええ~!! どうすればいいの~~!!
うろたえるあたしに近づいてくる顔。
うわぁああ!! これって、ホントにやばいよぉ~~!!
だ、誰か、助けて~~!!




