藤堂家の道楽息子
何だろう、急にピリッとした空気が張り詰める。
階段途中で立ち止まったままのおにいちゃんと階下の人も声を掛け合うことなく押し黙ったまま。
お互いに何かを確認するかのような沈黙が続いている。
さっきまで穏やかだったおにいちゃんの顔が硬くなり、階下にいるその人もニヤニヤしていたのが殺気立ってるような感じ。
傍目から見るとすごく怖い。
どうしよう、確実に雰囲気が悪いよね?
「た、貴裕様、申し訳ありません!!」
嫌な気配をかき消すように声が響いた。
うっすらと汗を浮かべて永井さんが2階の廊下から走り寄る。
あたしたちに会釈をし、横を通り過ぎると軽くため息。
「明人様も先程からウロウロされては困ります!」
困った顔の永井さん、階段を下りると嗜める。
「失礼だなぁ、永井も。一応、帰ってきたから挨拶しとかなきゃと思ってたんだけど?」
玄関での件でといい、部屋でのことといい、わざと永井さんを惑わせている気がする。
だって今なんて口元がニヤニヤと笑ってるんだもん。
「…随分と遅い帰国だな?」
ようやく口を開く渋い顔のおにいちゃん。
「まあね」
その人はそう答えながらも視線はあたしに向けていた。
おにいちゃんはあたしを隠すように前に立つ。
「とにかく、帰宅したら詳しく話を聞く」
「ま、話すことなんてないけどね?」
挑発的な態度を無視しておにいちゃんはあたしの手をとり、玄関へと向かう。
何となく視線を感じて振り返ると手すりにもたれたままのその人が顔だけこちらを向けていた。
「永井、戻るまで頼んだぞ」
厳しい顔をしながらおにいちゃんはドアを開ける永井さんに告げた。
「はい、かしこまりました」
永井さんはいつも以上に頭を下げて見送る。
心なしか、おにいちゃん、いつもと態度が違うよね?
さっきの人に何か関係あるのかな?
「葵、何してる?」
ぼぉ~としてたあたしにおにいちゃんが急き立てる。
慌てて車に乗り込み、何だかバタバタとした外出となってしまった。
「…あ、あのさぁ、あの人、誰なの?」
車が走り出し、気になることを切り出す。
おにいちゃんは答えたくなさそうな表情であたしを見つめる。
あんな空気の中にいたんだよ? 気になるよ~。
「じ、実はさっきね、ちょっとだけ会ったんだ」
目を見開くおにいちゃん。ちょっとムッとした感じ。
「会ったって? いつ?」
「え、えっとね、さっき玄関で見かけてね、それから部屋に入ってきたの、誰だ? って」
あえて着替えてる途中ってコトは言わないでおく、何となくね。
「…そうか、今後は別館に入れないようにしとく」
ため息混じりに呟くと頭を抑えながら伏し目がちな表情。
気まずい雰囲気は十分感じられるけど、知りたい。
しばらくおにいちゃんをじっと見つめる。
だって気になるんだもん! あの人とおにいちゃん。
そして明らかに憂鬱そうな感じだったけどようやく重い口を開いてくれた。
「…あいつは藤堂明人。再婚相手の息子で今はオレの義理の弟だ」
「ええ!!」
お、おにいちゃんにお・と・う・と?!
「今まで海外に居たんだが戻ってくることになってた、遅くとも先月までにな。あいつのことだからもう帰ってこないのかと思ってたのに…。今頃姿を現してきた、…全く!」
自分の膝を叩くと怒ったように怖い顔をしたおにいちゃん。
もうこれ以上聞いちゃいけないような雰囲気。
口を噤んだ横顔を見つめ、違う話題さえも切り出せなかった。
そして沈黙のまま、車は目的地へ到着。
「…ごめん、葵」
車中の気まずい雰囲気をかき消すようにあたしを見て開口一番におにいちゃん。
「え? ううん」
突然謝る姿にどうしていいのか分からなかった。
「おわびとして何でも好きなものを好きなだけ食べていいから」
ニコリと微笑む顔はいつもの表情に戻っていた。
「だから、食べませんって!!」
ホッとしつつ、剥れて返す。
「そうか?」
車から降りて歩き出すおにいちゃんを追いながら飛び込んできたのは薄紅色の景色。
嫌なことを全て吹き飛ばすかのように咲き誇る花々。
「うわぁ~!! キレイ~~!!」
見渡す限りの桜並木。
見上げれば木々の枝にびっしりと咲いている桜。
足元を見下ろせば散った花びらの道。
一面がほんのりピンクの世界。
散り始めたとはいえ、まだまだ華麗さを誇っている。
あたしはすっかり魅了されていた、けれど…。
そんな風景の中、漂ってくるしょう油の香ばしいにおい。
イカ焼きかな? 焼きトウモロコシかな?
ついフラフラとにおいの元へ足が進んでいく。
…わ~ん、やっぱり花より団子なの? あたしってば?
桜の名所でお花もお腹も満喫した後、無事帰宅。
お出かけ前のハプニングもすっかり忘れて堪能してしまった。
おにいちゃんに笑われながらもちゃっかり食べまくってたあたし。
誘惑には勝てなくて情けなくなっちゃう。
まあその分歩いたし、はしゃいだし、で消化しちゃいました!
そんな風に春休み最後の貴重な一日があっという間に過ぎていく。
とうとう明日からは新学期。
慌しいだろうから今日は専属は休んでいいって許可が下りた。
夕食も用事があるから一人で済ませてくれ、とも。
きっと突然現れた弟さんの件だろうな。
あの雰囲気ではお互い仲よさそうな感じには全く見えなかったし。
やっぱり再婚同士で義理の兄弟になるとそうなのかな?
もしあたしだったら家族が増えて嬉しいって思えるんだけどなぁ…。
そんな単純なことじゃないのかなぁ? 分かんないや。




