気になる二人と揺れ動く心
家に帰っても重苦しい気持ちが抜けなかった。
頭に浮かんでくるのはおにいちゃんと美佳子さんが並んだ姿。
美男美女でお互いに自立した大人でお似合いの二人。
素敵な人だし、喜ばなきゃいけないのに何でこんなに惨めな気持ちになるの?
乙女コンビがいうようにあたしが美佳子さんに嫉妬してるってこと?
だっておにいちゃんだよ?
10年間離れていて誰だか分からないぐらい成長していてもおにいちゃんには変わりはない。
例え両親が離婚しているとはいえ、兄妹だよ?
…なのに二人が揃った姿を見ただけで胸が苦しくてしょうがない。
これってなんなのよ~~! あたし、どうしちゃたの!?
自問自答を繰り返しても答えが出るわけじゃなく、悶々とした気持ちは募るばかり。
そんな気持ちを抱えたまま、夕食の時間がやってきた。
「…あの、ちょっと聞いていいですか?」
食事室の傍らに立つマサさんに声を掛ける。
「葵様、何でしょうか?」
「…えっと、マサさんはご兄弟とかいらっしゃいますか?」
「え? このマサに、ですか?」
突然の質問に驚いた様子のマサさんにあたしは頷く。
「はい、弟がおりますが?」
「そ、そうですか。…それで、あの…、その弟さんがある日突然婚約者を連れてきたらどう思いますか?」
「は? こ、婚約者ですか? 弟は既に既婚しておりますが?」
マサさんの年代からして結婚してて当たり前だよね。変な質問しちゃったかな?
「い、いえ、その…。た、例えば結婚してなかったとして、連れてきた場合で、ですね。あの…、お姉さんとしてどう思うかなぁ…と?」
「まぁ、そうですねぇ…。やはり嬉しいと思いますね、お相手がいるってことは」
「そ、そうですよね? 嬉しいはず、ですよね…?」
分かりきった答えなのにしっくりこないあたしがいる。
「…ですが」
マサさんは思い出したかのように話を続ける。
「そういえば実際に弟が結婚するって聞いた時は少し寂しい気がしましたかしらねぇ? ほんの少しだけ悔しいという気持ちも…」
「悔しい、気持ち?」
「まぁ弟をとられてしまったというような感情ですね。姉弟という関係は変わらないはずですのに一部を切り取られた感覚といえばいいのでしょうか? けれども嬉しい気持ちの方が勝ってすぐに吹き飛んでしまいましたが…」
照れながら思い出話を語るマサさんを見て弟想いの姿が窺えた。
「…そうですか、ありがとうございます」
あたしはマサさんの言葉を頭に入れ、食事を黙々と片付けた。
部屋に戻り、ソファーに座る。
寂しくて悔しくてとられてしまったような気持ち。
一部を切り取られたような感覚、かぁ。
きっとあたしも美佳子さんに対してこんな感じなのかもしれないな。
モヤモヤとしたすっきりしない気持ちの意味も。
うん、そうに違いない!
だからおにいちゃんの婚約者として喜ばなきゃいけないんだ。
ただ、今はまだ突然のことで驚いてて受け入れられないだけ。
そのうちに素敵なお姉さんが出来たって思えるよね?
そう言い聞かせながらあたしは納得しつつあった。
けれども何故だか心の片隅にずっしりとした重い気持ちも微かにあった。
ウジウジしたってしょうがない、気持ちを切り替えなきゃ!
今日は少し早いけどすっきりするためにお風呂に入ろう!
そう思って部屋を出た時だった。
「あら、葵さん?」
タイミングのいいことにおにいちゃんの部屋から美佳子さんが現れた。
「今、お時間あるかしら?」
「え、えっと…」
「もしよければいつものように貴裕の部屋にお茶を運んでくれないかしら?」
にっこりと微笑む美佳子さんに了承せざるを得ない。
「ありがとう。今日は二人分、よろしくね」
そう言うと部屋へと戻っていった。
いつも頼まれるのは美佳子さんの分だけなのに二人分ということはおにいちゃんが部屋にいるってこと?
一応、マサさんに内線を回したけど出る気配がないので一人でお茶の準備。
おにいちゃんが薄いとか苦いとかいつも渋い顔をするあたしが入れるお茶。
美香子さんのお口に合うわけがないだろうけど、仕方がない。
マサさんが見当たらない今、あたしがやるしかないんだもん!
カチャカチャと音を立てるワゴンを慎重に押して目的地を目指す。
「失礼します」
ノックをして部屋に入るとおにいちゃんと美佳子さんが立ったまま向き合っていた。
間近で見るツーショット、ほんの少しズキンとする。
だけどちょうど会話が途切れたようで異様な雰囲気を感じる。
二人の間にピンと張り詰めたような空気。
「葵、こっちに来い!」
呼ばれて近づくと腕をぐいっと引っ張られ、おにいちゃんの傍らに。
美佳子さんと向かい合う形となる。
何が起こってるの? と二人の顔色を窺ってしまう。
久々に近くで見るおにいちゃんは明らかに怒っている様子。
「どうして葵を使う? 勝手なことをするな!」
おにいちゃんはあたしの腕を掴んだまま、美佳子さんに強い口調。
「だからさっきから言ってるじゃない。使用人は誰だって同じでしょう?」
美佳子さんもムッとしながら言い返す。
それに対しておにいちゃんはますます声を荒げた。
「違う!! 何もかも混同するな!」
「混同ですって?」
「葵はオレの専属だ! 個人の問題だ! 藤堂家とは関係がない!!」
「…藤堂家? …私に対してまだそんな態度をおとりになるのね」
肩を震わせながら美佳子さんはおにいちゃんを睨みつける。
「オレは最初からそのつもりだと伝えてあるだろ?」
「今更何を言ってるの?」
「あの人と勝手に進めてるだけだろ、藤堂家のために」
「……」
「それに日本にいる用はもう済んだんじゃないのか?」
「……」
こぶしを握り締めて怒りを抑えてるように見える美佳子さん。
「ふっ、今は何とでもおっしゃってればいいじゃない? …秋の婚約式が楽しみですこと!」
美佳子さんは声を落としてそう言い放つとつかつかと部屋を出て行く。
ドアが激しく閉まり、おにいちゃんと二人きりになってしまった。
後味の悪い空気だけが残る。
話の内容はよく分からないけど、美佳子さんと喧嘩してしまったみたい。
時折みせる怖い一面。婚約者に対してもそうなんだ?
「あの…? 仲直りしなくていいの?」
二人を応援しなきゃいけないとドキドキしながら問いかける。
おにいちゃんは驚いたようにあたしを見つめ、呼吸を整える。
さっきまで怖かった顔がほんの少しだけ悲しそうに見えた。
「…とにかく、葵はオレだけのものだ。今後は関わるな、いいな?」
まっすぐな瞳のおにいちゃんの言葉にあたしはただコクンと頷くことしかできなかった。




