すれ違いの動揺
おにいちゃん、どうしてるんだろう?
一つ屋根の下で暮らしてるはずなのに何だか気配を感じない。
美佳子さんが来てから一週間が経った。
不思議なことに隣の部屋にいるはずのおにいちゃんと顔を合わせることがなくなった。
その分、何故か美佳子さんと出くわすことが多かった。
マサさんから本館の方に美佳子さん専用の客室があるって聞いてるのにな。
おまけにあのお茶の件がきっかけでコトある毎に頼まれ事も多くなった。
その度にマサさんが渋い顔をする。
あたしがおにいちゃんの専属だからって。
でも肝心のおにいちゃんを見かけないし、つい勢いで引き受けてしまっちゃうんだけどね。
それに家での食事は常に一人、お昼は学校でついにクルクル乙女たちとランチ!
と言っても複数いたはずの貴裕様ファン乙女は2人になってしまった。
黒髪のクルクル乙女1号、ゆるふわセミロングのクルクル乙女2号。
その他の乙女たちは美佳子さんとの件で諦めたんだとか。
だけどこの2人は相変わらずあたしとおにいちゃんとの関係をつきとめたいらしく、それをきっかけに近づくチャンスを狙ってるみたい。
とにかく美佳子さんがいようがいまいがお構いなしなのかな?
だからあたしに妙に馴れ馴れしくって親切にしてくれてる。
ボロを出さないよう気を張ってる分疲れちゃったりもするけどあと少しで春休みだし、それまではガマン、ガマン!
そう言い聞かせても家でも学校でも緊張しっ放しのせいか安らげる時間がないような気がする。
今までこんなことなかったのにな。
「あら、堀川さん、またため息ですの?」
乙女1号が首をかしげて言う。
「分かりますわぁ、貴裕様のことでしょ?」
2号が両手を組みながら頷く。
「今日もまた美佳子様とカフェでランチをなさってたらしいですわよ」
「貴裕様とご一緒に登校なさってた関係ですもの、切ないですよね?」
「ワタクシたちは堀川さんの気持ち、十分に分かりますわ」
「貴裕様に恋しちゃってるんですものねぇ~~」
…って、えええええ~~~~?
「こ、こここ、恋~~~?」
黙って乙女コンビの話を聞いていたらとんでもないことを言い出す。
「嫌ですわ、堀川さん。今更否定なんてなさらなくても」
「そうですわ、あんなに素敵な貴裕様ですもの。好きになって当然ですわ」
「そ、そそそ…そんなこと、あ、あ、ありえない…」
あたしがおにいちゃんに、恋だなんて!!
「まあ、シラをきるおつもりなの?」
「判りやすい態度をとっていらっしゃるのに?」
「あ、あたしが? そんな態度を?」
驚いて乙女コンビをしげしげと見つめる。
二人ともクスクスと笑いながらペラペラと語りだした。
「堀川さん、お一人で初めて登校なさった時、ご機嫌がすぐれなかったでしょう?」
「そう、あの時の堀川さんのご様子、怖かったですわ」
「その時、ピンときましたの! 原因は貴裕様ではないのかしらって」
確かに妙にイライラとしてたかもしれない、よく分かんないけど。
「ぼんやりとなさって教室を間違えたり、階段を踏み外したり…」
…それはいつものこと。
「心、ここにあらずって感じで気づいたら切なそうにため息をついてらっしゃるし」
安らげる状況がないから疲れてるのかな?
「それに美佳子様と貴裕様の目撃談を耳にすると嫌な顔をなさいますもの」
「妙に怒りっぽい口調でその場から居なくなるし、その行動に対してあとで妙に悲しそうに謝罪したり」
話に参加したくなくって去ったけど申し訳ない態度をとったかなって反省しただけなのに?
「…何だか誤解してるみたいですよ」
あたしは笑ってみせた。
すると乙女1号はニヤリと笑い、
「ここ最近、感情の起伏が激しいんじゃありません?」
「えっ?」
少しドキッとする。
「…特に美佳子様が現れてからは?」
乙女2号があたしの顔を伺うように問う。
そうかもしれない、と答えることができなかった。
「とにかく美佳子様に嫉妬する気持ちはワタクシたちと同じですわ」
乙女コンビが声を揃えて言う。
嫉妬? あたしが美佳子さんに?
「ち、違いますよぉ!! 嫉妬なんか持ってません。ただ…」
「ただ?」
「み、美佳子さんはお上品で綺麗で仕事も出来てあたしとは全然違いますし…、比較したってしょうがないし…、惨めになるだけ、です」
「まあ惨めな思いがするほど美佳子様に嫉妬なさってるとは…」
「堀川さん、ワタクシたち、公平にがんばりましょうね」
乙女コンビ、あたしの手を握り、うるうると瞳を輝かせた。
違うって言ってるのに!
ああ、早く春休みにならないかなぁ…。
ようやく乙女コンビに開放された昼休み終了間際。
お弁当の入っていたバスケットを中川さんに返却しようと駐車場へ向かう。
いつもなら余裕をもって行くのに今日は時間ギリギリになってしまった。
「…あれ? あの車は中川さんのベンツ?」
噴水前のロータリーで見慣れた車が停まっている。
それからすぐに中庭の方から出てくるおにいちゃんの姿。
「あっ、おにいちゃん…、と…」
久々に見かけたおにいちゃんは噂どおり美佳子さんと一緒だった。
腕を組みながら二人で歩き、車に近づくとおにいちゃんがドアを開ける。
乗り込む美佳子さん、その後におにいちゃんも乗り込み、中川さんがドアを閉めた。
その光景を見た瞬間、胸がズキンと痛んだ。
どうして? あたし、こんなに苦しいんだろう?
気づいた時には校舎へと戻っていた。
そして何故か無性に惨めな気持ちになっていた。




