使用人とお嬢様
「堀川さんも教えてくださればよろしかったのに…」
昼休み終了後、クルクル乙女たちがため息混じりに呟いた。
ご飯を食べてからうっとおしい何て思わなくなったなんてあたしってばゲンキンかな?
「ホントですわ。美佳子様がいらしてるなんて!」
驚いて話を聞いていると、大学のカフェテリアでおにいちゃんとお茶してる姿を見たそうな。
一応学校に来てたんだ、美佳子さんと。
そもそも大学は講堂を挟んで反対側の広大な敷地に建てられている。
その構内に設置されてあるから大学生がメインのカフェとなる。
なのにクルクル乙女たちの目撃情報網には脱帽。
「美佳子さんを知ってるの?」
「もちろんですわ! 当、修美院学園のご出身で陶器の老舗『TACHIBANA』の一人娘、橘美佳子様ですのよ?」
「そう、25歳にして自らがプロデュース兼イメージモデルとして世界をまたに駆けてご活躍中の身」
「誰もが憧れるキャリアウーマンですわ♪」
おにいちゃんの時のように目をきらきらと輝かせる乙女たち。
美佳子さんってそんなにすごい人なんだ。
「けれど、ご帰国中だとは存じませんでしたわ。何か貴裕様とご契約がお有りなのかしら?」
「そ、そうですわね? 藤堂グループも幅広いお仕事なさってますし?」
「ああ、ワタクシもお仕事で貴裕様にお近づきになりた~い!」
またもや勝手に盛り上がって華やぐ彼女たち。
「え? 美佳子さんは婚約者じゃないの?」
あたしのこの発言に、乙女たちが固まった。
「ほ、堀川さん、今なんておっしゃったの?」
「今の発言、空耳じゃありませんわよね?」
突然、青ざめた表情を見せ、うろたえ始める。
どうやら情報通の乙女たちにも知らないことがあったみたい。
「う、嘘でしょ? 貴裕様が?」
「貴裕様と…、美佳子様が?」
彼女らはショックを隠しきれない様子で落胆してしまった。
「藤堂グループもTACHIBANAもそうなればこの上ないことですし…?」
「確かに考えてみればお似合いの二人かもしれませんわねぇ…?」
「けれど…、ワタクシ達の青春がぁ…」
「た、貴裕さまぁ…」
収拾がつかなくなると思い、あたしはその場から後ず去った。
それにしてもおにいちゃんと美佳子さんの婚約話。
てっきり公認のコトだと思ってたから逆に驚いてしまう。
…もしかしたらあたしの聞き間違いなの?
微かに気持ちが高揚してしまった午後の授業。
これはきっとお腹が満たされてるせい、だよね?
家に戻るといつものように永井さんがお出迎え。
そしてしばらくするとマサさんがひと休みにとドリンクを運んでくる。
おにいちゃんが居ない時間はくつろぎタイムの真っ只中。
夕方6時からの食事が終わると決まった時間におにいちゃんが帰ってくるまでは自由時間。
だけど仕事で遅くなる時は夕食を届けるのが恒例となってしまった。
今日は特に何も聞いてないから帰ってくるのかな?
どっちにでも対処できるようにメイド服に着替えてるからいいんだけどね。
そうする内に8時を回り、ドアを開けて玄関の様子を伺う。
永井さんがドアの前をうろうろしてるってコトはもうすぐ帰ってくるんだろうな。
そう察して階段を降り、マサさんも姿を現したので横に並ぶ。
すぐに玄関が騒がしくなって永井さんがお迎えのためのドアをオープン。
だけど外から中に入ってきたのはおにいちゃんではなく美佳子さんだった。
…ということはおにいちゃんはまだ会社ってコト?
マサさんと顔を見合わせたが何も連絡を受けていなかった様子。
詳しく聞けばおにいちゃんはまだ会社で食事は外で済ませてきてるらしかった。
「葵さん、悪いけど貴裕の部屋までお茶を運んでくれないかしら?」
階段に向かう途中の美佳子さんとふと目が合った。
「み、美佳子様、葵様は…」
言いかけるマサさんの声を打ち消すように思わず「ハ、ハイ!」と返事をしてしまった。
「それじゃあ、よろしくね」
にっこりと笑って美佳子さんは階段を昇り始めた。
「葵様? 葵様は貴裕様の専属ですので他のご用は…」
美佳子さんが部屋に入った後、マサさんが罰の悪そうな顔で言った。
「思わず引き受けちゃったし、運びます」
圧倒されちゃって思わず自然の流れで引き受けてしまったんだもん。
マサさんが困りますと怒ってたけど引くに引けずその仕事をかってでた。
結局マサさんが用意してくれたお茶をあたしがワゴンで運ぶことになった。
ほとんど入ったことのない、おにいちゃんの部屋。
基本的にあまり自分の部屋には入れないみたい。
それなのにおにいちゃんてばいつの間にかあたしの部屋には入ってくるんだもん。
ずるいと思ってたけど、美佳子さんは自由に入れるんだな…。
ノックをすると美佳子さんはくつろいだ様子でソファーに座っていた。
あたしは緊張しながらテーブルにお茶をセッティング。
「ありがとう」
そう言うと美佳子さんは優雅にお茶を楽しんでいた。
洗練された身のこなしで本当に絵になるような姿。
まさにこういうのが生粋のお嬢様って感じなんだろうな。
綺麗で上品なお嬢様。しかも自立してお金を稼いでる立派な女性。
あたしなんてちっとも進歩しない名前だけといえるおにいちゃんの専属。
本当は働かなきゃいけないのにお世話になってるという身分だし。
雲泥の差をしっかりと感じながら暗い気持ちで部屋を出て行った。




