予期せぬ訪問者
楽しい時間はあっという間。
午前中から訪れていた夢の国はすっかり日を落としていた。
3月とはいえどまだまだ日が暮れるのは早く、そして肌寒い。
適度な休みを入れつつもさすがのあたしも少し疲れたかも。
「はしゃぎすぎてたからな」
おにいちゃんが苦笑しながら肩を抱いてくれている。
まだここにいるのは最後に上がる花火を見るため。
絶対に見る! とアトラクション待ちをしていた時に主張していたのにこの有様。
久々のお出かけに健康なおにいちゃんの相乗効果でいつも以上に興奮してたもん。
おまけにまだ夕食という栄養補給を行なってませんから!
「葵が見たいと言ってたくせに」
少し意地悪そうにおにいちゃんが笑う。
「まだまだ元気だもん!!」
悔しくておにいちゃんの腕を払い、離れた途端、バランスを崩して後ろへ倒れそうになる。
「うわっ」
いつもなら踏みとどまるものの、体力消耗中のあたしは地球の引力に引き寄せられる―
そう思っていたらぐいっと手をつかまれ、気がつけばおにいちゃんの胸の中。
「全く危ないな。葵は…」
耳元で呟く声と温かさで覆われた状態にまたドキンとしてしまった。
今日のあたし、ちょっと変かも?
抱き締められている現状に無意識にあたしもおにいちゃんの背中に手を回しそうになった時だった。
パ、パーン!
頭上から大きな音が降ってきた。
驚いて見上げると待ち望んでいた花火。
「わあ~~、すごーい!!」
真っ暗な夜空が急ににぎやかに華やぐひと時。
胸躍らせる音と共に輪を描きながらパアッと広がる大きな花。
次々と上がる色とりどりの花火に目を奪われ、夢の国の時間は終わった。
「ありがとう、おにいちゃん」
外で軽い栄養補給を済ませてから家に到着し、降車中のおにいちゃんに呟く。
車を降りてしまえばおにいちゃんの専属に逆戻りだし、貴裕様だもん。
この瞬間まではまだ専属を忘れていたいんだもん。
中川さんも降りてドアを開けに出た隙を狙ってだから平気だよね?
おにいちゃんは何とも言えない複雑な表情を浮かべて先に降りた。
続けてあたしも降りると横に立つおにいちゃんにいたづらっぽく微笑んだ。
おにいちゃんは困ったような顔で苦笑した。
別館玄関前に立ち、いつまでたってもおかえりなさいませと迎える永井さんの姿がない。
どうしたんだろう? とあたしがドアを開けていると慌てた様子で永井さんが駆け寄ってくる。
「も、申し訳ございません」
内側からドアをきちんと開け直してくれたけど、ものすごく動揺気味な永井さん。
おにいちゃんとあたしは不思議そうに顔を見合わす。
中に入り込むと永井さんは小声でおにいちゃんに伝える。
「た、貴裕様。実は…美佳子様がお見えになっております」
「え? 美佳子が?」
少し嫌そうに驚くおにいちゃん。
美佳子さん、って誰?
そう思ってた矢先、応接室のドアがパタンと開き、
「貴裕!」
モデルのような女性がおにいちゃんの名前を呼びながら走ってくる。
そしておにいちゃんに抱きつくと慣れたように頬にキスをした。
「酷いじゃない。日本では今日は何の日かご存知でしょ?」
ウエーブのかかった柔らかそうな長い髪に目鼻立ちのはっきりとした端正な顔立ち。
細身なんだけど凹凸ははっきりとしたすらっとした体型。
間近で見てもすごく綺麗な人だって分かる。
それにおにいちゃんと見つめあう姿、傍目から見ると美男美女って感じ。
絵になる二人ってこういうのかもしれない。
目の前に飛び込んできた光景をただただぽか~んと見つめるのみ。
「あら? お客様なの?」
その美女はあたしの存在に気づき、ニコリと微笑む。
「初めまして。私、橘美佳子と申します」
近づいてきてきちんと会釈をし、すっと右手を差し出して美佳子さんはご挨拶。
その動き一つ一つが洗練されていると驚きつつも差し出された手を握り返す。
うう、白い肌に細い指先。
握っている手が見事に対照的?
「は、初めまして。堀川葵です…」
まるっきり正反対であろう女性を目の前にドキドキしてしまう。
「可愛いお嬢さんね? 一体、どなたなの?」
パッチリとした瞳でしげしげと見つめられ、あたしは固まる。
「もういいだろ、美佳子!」
おにいちゃんはムッとしながら間に入るとあたしの手をとった。
美佳子さんは突然の出来事に不快の表情を浮かべた。
「もう何よ、その態度! 婚約者がはるばる訪ねて来たというのに!!」
明らかにムッとした声を上げ、おにいちゃんを睨む。
こ、婚約者ぁ?? おにいちゃんの??
驚くあたしの顔を見ておにいちゃんはぐいっと手を引っ張る。
少しでもその場を離れようとしているかのように。
「ちょっと、貴裕ったら!」
美佳子さんは怒った様子でおにいちゃんの肩を掴む。
おにいちゃんは置かれた手をすっと外すと、
「永井、美佳子を客室へ」
そう言い放つとあたしを引っ張って階段を昇り始めていた。




