両刀遣いのおにいちゃん
午後の授業教室に向かっているといつの間にやらクルクル乙女たち。
「堀川さん、貴裕様とランチしてらしたのね」
少し怖い顔つきに驚きつつも笑って答える。
「いや、えっと…約束、してたので…」
専属としてランチのお世話を、なんだけどね。
「まあ、先約でしたのね…。私たちもご一緒したかったわ」
残念そうな声が上がり、だけどすぐにいい案が浮かんだとばかりに、
「そうよ、堀川さん! 明日のお昼をご一緒しましょう! 貴裕様と共に」
「ええ? 明日ぁ? お、…た、たか…、貴裕様とぉ?」
何を言い出すのやらクルクル乙女たち。
む、無理に決まってるじゃない。
たまたま今日はおにいちゃんが来ただけなんだし!!
「そうよ、いい考えだわ! そうしましょうよ!」
勝手に盛り上がる乙女たち。
「…む、無理です!!」
きゃあと華やぐ乙女たちに一喝。
「何かご用事でもあるのかしら?」
「急なお仕事かしら?」
何を言ってるのやら? おにいちゃんと学校は関係ないでしょ?!
「た、貴裕様が用事のない学校に来るわけないでしょ!」
「やだぁ、堀川さん。何をおっしゃってるの? 貴裕様は今期中はまだ院の方に在学中ですのよ」
「そうよ。午前中は学園で修士課程を専攻中、午後からは藤堂財閥の取締役としてお仕事をされるすごいお方」
えええ~?! そうなの?
「あの若さで日本でも有数企業の取締役で大学院生♪ それにあの王子様のような美貌」
「素敵過ぎる貴裕様♪ …なのになかなかお近づきにはなれないのよねぇ」
キラキラと目を輝かせ語るクルクル乙女たち。
おにいちゃんの経歴をこんな形で知ることになるとは…。
確かに今住んでる家やポケットマネーで大金を出せたりと不思議だった。
一緒にいる時はそんな雰囲気を微塵とも出さないので実感が無い。
さっきのランチだってあたしのバカっぷりにクスクス笑ってただけだったし。
だけど久しぶりに会った時の優しいおにいちゃんの面影は小さくなってる。
あたしの知らない怖い部分があって命令口調のおにいちゃん。
10年もの間にそんな風に変わってしまったのかな?
そう感じる部分がありつつ、やっぱり変わらない雰囲気もある。
だって小さい頃からあたしを見て笑ってたもんね…。
苦笑したり爆笑したり、そして穏やかに微笑んでたり。
顔色の悪かったおにいちゃんの血色が良くなるのが嬉しかったのを憶えてる。
今でも変わってないおにいちゃんの笑顔、それだけはホッとできる。
「…ですから、堀川さん。ご一緒しましょうね♪」
回想に浸ってたあたしの手をぎゅっと握る乙女。
現実に引き戻され、専属という言葉が過ぎる。
「無理です! あたしにそんな権限、無いですから~~~」
そう言って逃げ回って学園生活の初日が終わった。
学校が終わって帰宅後、藤堂家の制服に着替える。
「マサさん、これから何をすればいいんですか?」
1階にある別館のメイド待機室に向かい、マサさんに尋ねる。
「あ、葵様。貴裕様がご帰宅前までの時間は特にございません」
慌てた様子で答える。
「え?」
「申し訳ございません。お部屋着を用意してありましたが…?」
そんなのあったっけ? メイド服姿のあたし、きょとんとする。
クローゼットを開けてもう見慣れた服しか目に入らなかったような?
「貴裕様は平日はだいたい夜の8時過ぎにお戻りです。それまでは葵様のお時間となっております」
「そ、そうなの?」
「はい。のちにお部屋に伺おうと思っておりましたが申し訳ございません。ご夕食は6時に用意させていただきますのでそれまでどうぞおくつろぎくださいませ」
てっきり専属仕事が待ち受けていると思って慌てて着替えてやってきたあたしがせっかち。
「貴裕様の夕食は?」
「いつも外で済まされるようですが…?」
何となく口ごもるマサさん。変なの。
「9時までに戻られない場合は葵様はお休みになって結構です。そう言付かっておりますので」
おにいちゃん、本当に大変そうなお仕事してんだ。
それを両立させてて身体の方は大丈夫なのかな?
部屋に戻っても着替えるのが面倒とそのままベッドへゴロリ。
ノックの音に気づいた時はすっかり夕食の時間だった。
「葵様、お食事の準備が整っております」
着替えてない姿にギョッとされつつ、マサさんに案内され、食事室へと移動。
目の前に並ぶおびただしい数のきらびやかなメニューは和食。
食前酒が用意され、傍らにマサさんが立っていた。
「た、食べていいんですか?」
思わずマサさんにお伺いを立ててしまう。
いつもはおにいちゃんがいて食べようって声を掛けてくれてたから。
「どうぞ、お召し上がりください。お邪魔でしたら退席致しますので…」
「いえ、ジャマじゃないです!」
頭を下げて立ち去ろうとするマサさんを引き止めた。




