放課後の一大事
「葵~~、次。パス練、行くよ~! ボール、お願い」
放課後の体育館。
活気のある声とボールの跳ね上がる音が響き渡る。
体育館の半分は男子バスケ部が使用していてシュート練習を始めちゃってる。
柔軟と走り込みのアップを終えたあたしたちはいよいよ本格的な練習へと向かう。
女子バレーボール部のあたしも負けじと声を出してがんばる。
引退した先輩たちの卒業を控えた2月中旬。
中だるみしそうな中途半端な時期で先輩の気合が入る。
コート中央にネットを挟み、相対してパス練習が始まっていた、その時。
「ほっ、堀川~~!! 大変だ!!」
体育館の下手にある入り口から見慣れたクラス担任の声が響いてきた。
「え?」
ちょうど向かってくるボールに構えていたあたしは思わず反応してしまった。
次の瞬間、バコーンという衝撃とともに思いっきり頭にボールが直撃。
体育館中が爆笑の渦と化し、痛さと恥ずかしさで赤面。
「葵~~、パスは両手で受けるもんだって言ってるでしょ~~」
先輩の突っ込みでさらに盛り上がってる始末。
「もう~~、突然先生が話しかけて来るからっ!!」
頭を押さえながら声の主へと駆け寄り、そこには神妙な顔つきでどう切り出そうか考えてる姿の担任がいた。
「堀川、落ち着けよ。たった今、医療センターから連絡が入り、お父さんが事故で…」
「えぇえええええ!!!」
予期せぬいきなりの発言に一瞬にして頭がパニック。
おまけに頭にボールをぶつけた直後だったし?
「それで…」
「うそっ! お父ちゃんが?」
気がつけば担任を押しのけて走り出していた。
だって今はお父ちゃんとあたしの二人暮らし。
お父ちゃんさえもいなくなったらあたしは一人ぼっちになってしまう。
泣きそうな気持ちになりながらも無我夢中で走り出すこと30分。
ヘトヘトになりながら医療センターへと駆け込んだ。
「す、すいません。堀川ですが…、お、お父ちゃんは…?」
冷静沈着な受付係に治療室はこの先をお進みくださいと案内される。
ようやく辿り着いた先は夕方でひと気の少なくなった治療室の前。
そこにはソファーに座り込んでいるお父ちゃんを発見!
「お、お父ちゃん!! 大丈夫??」
特に怪我らしきものが見当たらない姿に変だなぁ? と思いつつも一安心。
「あぁ…、葵か…」
ぼんやりとした様子でお父ちゃんはあたしをジッと見つめる。
「どうかしたの?」
「…いやぁ、その」
何か言いかけた時、治療室のドアがカチャと開いた。
そこから頭と腕に包帯を巻いた若い男の人が出てきた。
「堀川さん、申し訳ねえ。すいませんでした!!」
その人はお父ちゃんの姿を見つけた途端、悲痛な顔で謝っていた。
「…いやぁ、青木。ワシは特に怪我をしたわけじゃないから大丈夫だ」
「と、とんでもないです。すいませんでした」
金髪に剃りの入った眉でぱっと見は怖そうな面持ちの青木さんっていう若い男の人。
見かけからでは判断できないくらい申し訳なさそうに謝っていた。
「それより、早く帰ってあげな。嫁さんが心配してるぞ」
「そんな、本当に申し訳ないです」
「また改めて明日相手方に行くから今日はゆっくり療養しろ、いいな」
「すいません。堀川さん」
ペコペコと謝りながらヨロヨロとした足取りでその場を後にした青木さん。
「あいつ、悪いヤツに見えないだろ?」
お父ちゃんはため息をつきながら問いかけた。
「うん」
怖そうな雰囲気は持ってそうだけど、礼儀正しそうな感じ。
そんな印象を持ったのでそのままお父ちゃんに伝えてみた。
「あいつ、暴走族あがりらしいが更生したんだ。嫁さんが身重でな。やっと仕事も覚えてこれからって時に…」
お父ちゃんは何か考えてるようだった。
「とりあえず、帰るぞ」
タクシーに乗り、家へと向かう途中、今日の事故について詳しく聞かされた。
運送業に勤めるお父ちゃんは見習いの青木さんと共にとある荷物を運んでいた。
高速で30分の道のりで仕事の内容的には簡単な方だった。
入社2ヶ月目の青木さんが運転をし、助手席にお父ちゃん。
いつものように、それどころかいつもより楽勝に仕事を終えるはずだった。
だけど突然、お父ちゃんたちの前に危険な車が現れ、避けようとした。
スピードを出してたため、その拍子に車がガードレールに衝突したんだって!
大した怪我もせず、大した事故にはならなかったらしいんだけど…。
…運んでいた荷物が破損しちゃったんだって。
その荷物こそ、すごく高価で大変なものだったらしくて。
「社長の話じゃ、保険でも支払えないくらいなものらしくてな…。青木にはこれから先の将来がある。だからなぁ、葵…」
1DKの安アパートに帰り着き、お父ちゃんは決意を固めてたみたいだ。
「前より苦労かけるかもしれないがこの事故はワシが起こしたと責任を負おうと思う。どうなるか分からんが明日謝れるだけ、謝ってくるが覚悟しておいてくれ」
「お父ちゃん…!」
毎度の事ながらお人よしのお父ちゃんを尊敬せずにはいられない。
だけどこのことが今後の将来を左右する出来事になるとは思いもしなかった…。