表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1000字小説まとめ  作者: 八海宵一
4/25

鈴の音

 ちりん。 

 鈴の音がした。 

 そして、GR70は目が覚めた。

 ――鈴を返さなくては……。

 メモリーバンクの片隅に残っていた、かすかな記憶が、彼にささやいた。

 視覚センサーをオンにして、GR70はあたりを見回した。

 旧型の冷蔵庫や、テレビが乱雑に投げ込まれていた。脚の折れたテーブルや、タンスが何層にも積み重なっている。

 状態を確認するため、そのまま、視覚センサーを自分の体に向ける。錆びた右手に、油のもれた左足。胴体には、油性マジックで「粗大ゴミ」の張り紙がしてある。

 長年にわたり、家事全般をこなしてきた万能ロボットは、メーカーに部品のストックがないために、あっさりとゴミの島にやってきた。

 かたわらで、カモメがゴミをつついている。

 どうやら、このカモメが、GR70のメインパワーに触れたらしい。

 ちりん。

 GR70は起き上がろうと、体を傾けたが、うまくいかなかった。足の油圧系がイカれている。気がつくと、身体中がギシギシと音を立てているのが、わかった。

「もう、ダメなんだろうか?」

 GR70は自己診断しながら考えた。あちこちのパーツが悲鳴をあげているのが、よくわかる。

「どうした?」

 不意に、そう声がした。

 GR70が錆びた首をなんとか動かすと、そこに、二世代前の老朽ロボット、AP50が仰向けに、転がっていた。

「どうした?」

 その声は、ふたたび訊ねた。

「…足が動かないんだ」

 GR70は戸惑いながら、応えた。

 すると、老朽AP50は「どれ」とつぶやいて、アイ・ボールを動かした。

「なるほど……そいつは、まずいな。運動制御チップが焼ききれて、油がもれだしてるんだ」

 AP50は低くモーターをうならせた。

「もうダメかな?」

「ああ、だめだな……でも、もう動く必要もないだろう」

「絶対に直らない?」

「そんなことはないだろうが……なにかあるのか?」

 なにかありそうな口ぶりに、AP50は聴覚センサーの出力を上げた。

「鈴を返したい」

「鈴?」

「大切な鈴なんだ……主人から預かった、大切な鈴」

 GR70は、いまの主人が子供のころから、働いていた。

 そして、その鈴は、主人が子供のころに宝物にしていた鈴だった。

「“ぼくの宝物……持ってて、なくさないでよ”――そう言われて、いままで持ってたんだ。返さないと」

 GR70は、バッテリーボックスの隙間に、しまいこんだ鈴を体ごと振った。

 ちりん。

 ゴミの山には似合わない、澄んだ音色が響いた。

「そうか…」

 AP50は、短くつぶやいた。

「だけど、もうダメだね……粗大ゴミになってしまっては」

「いや、まだだ」

 老朽AP50は起き上がった。

「お前はまだ、ロボットだ……粗大ゴミじゃない」

 AP50は自分の運動制御チップを引き抜いた。すぐに補助チップが作動したが、動きが格段に鈍くなる。

 老朽AP50は、その鈍い動きで、GR70のチップを付け替え、油圧系を修理し始めた。

「慣れないと、手が震えるな」

「どうして、急に…」

「へっ、ずっと、空を見てるのが、嫌になったのさ」

 AP50はうそぶいた。遅々とした作業は、確実に進み、GR70に昔の感覚が甦ってきた。

「ありがとう……あなたの名前は?」

 GR70は礼を言い、老朽AP50を見た。

 AP50はスローモーションのような動きで、ゆっくりと座り、言った。

「“粗大ゴミ”に名前はない……いいから、行きな」

 彼は、それ以上なにも言わなかった。

 GR70もなにも言わずに立ち上がり、歩き始めた。

 ゴミの山には似合わない、澄んだ音色を響かせながら……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ