旅の終わりに聞く話
私は旅人だった。人生の大半を鉄道の旅に費やし、車窓からの眺めを楽しんできた。新緑の美しい渓谷や、機械仕掛けの町、一瞬にして燃えるような赤へと紅葉する山(それは本当に山火事のような勢いだった!)、そして一面雪化粧された白一色の国……車窓に飛びこんでくる未知の景色は、私の好奇心を大いに満たしてくれた。だから私は旅をいつまでも続けた。そう、旅はいつまでも続くかに思われた。だが……。
気がつくと私は地の果てに作られた終点の駅に立っていた。
駅は作られたばかりでなにもない。線路と終点を記す表示板と、三人がけのベンチだけが置かれていた。ここから線路が伸びていく様子は当分なさそうだった。世界中の鉄道に乗り、行き着いた終着点に私は落胆し、ベンチに腰をおろした。何十年もかけた鉄道の旅が、まさかこんな形で結末をむかえようとは思っていなかった。もっと想像を絶するような文化を持った町や国、心奪われるような自然の景色、なにかそういうものが待っていると思っていた。それなのに、ここには私の期待するものがなにもなかった。
「どうしたのですか? ずいぶんガッカリされているようですが」
うなだれている私に誰かが話しかけてきた。ふりむくと銀髪の男が、となりに座っていた。旅人特有の雰囲気を漂わせたその男は、静かに笑いかけてきた。
あまりに突然のことだったので私は男の問いかけに答えず、逆に訊ねた。
「あなたは旅人ですか?」
銀髪の男はうなずいた。
「だったら、あなたにもわかるはずだ。ここが旅の終点で、ここから先がもうないことも」
私は心の内にたまっていた不満と不安を、男に打ち明けた。同じ旅人ならわかってもらえる、そんな思いが私を饒舌にした。いままでに訪れた旅先での感動がもう味わえないことを私は長々と話した。彼は黙ってうなずき、話を聞いていた。
「残念だとは思いませんか? もうこの世界に未知の場所はないのです」
その言葉に男は頭をふった。
「それはちがいます」
「ちがう? なにがちがうんです」
私の問いかけに、男は哀しそうな顔をし、ためらいがちに口を開いた。
「見たことのない景色が見たいなら、ここから列車に乗って、来た道をもどりなさい。そうすれば、あなたの望みはかないますよ」
「そんな馬鹿な、今来た道を引き返すだなんて」
「でも、それが真実なのです。おすすめはしませんが……それよりもいかがですか、私と一緒にここで新しい駅ができるのを待ってみては?」
この男はなにをいっているのだろう? そんないつになるかわからない話に賛成なんかできるわけがない。同じ場所でじっとしているのが嫌だから、私は旅人になることを選んだのだ。同じ場所で同じことを繰り返すくらいなら、たとえ見慣れた景色でも鉄道の旅を続けているほうがいい。
私は銀髪の男の申し出を丁重に断り、折り返し発車する列車に乗りこんだ。
車窓には、来たときと同じ景色が流れた。
見慣れたごく平凡な風景だった。だが、進んでいくうちにその風景は徐々に変化をしはじめた。
季節が移り、時が流れるにつれ、車窓の風景は来たときとはちがうものになっていた。
雪化粧をしていた国の雪はとけ、むき出しになった工場が灰色の煙をあげている。一瞬にして燃えるような紅葉を見せてくれたあの山はハゲ山になり、ニュータウンがたっている。機械仕掛けの国は、歯車の噛みあわせがおかしいのか、異様な音を響かせていた。新緑の渓谷は、ダムの底だった。
それは未知の世界だった。私が何十年とかけて旅してきた場所は、すべて未知の世界へと変わり果てていた。私の生まれ育った国は、今ごろどうなっているのだろう。
私は車窓の景色を飽きることなく眺め続けた。
とめどない涙が、いつのまにか溢れ出していた。




