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1000字小説まとめ  作者: 八海宵一
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仙丹

 霊佑山緋鷲洞の陋見普君ろうけんふくんが亡くなったという報せは、すぐに穿穴山禮水洞、璧銘真人へきめいしんじんのもとにも届いた。璧銘真人は天を仰ぎ一礼し、陋見普君の天寿を祝福した。兄弟子であった陋見の死に、璧銘は驚きも、悲しみもしなかった。しかし傍らで湯を沸かし、炉の番をしていた童子は違った。彼は大いに驚き、悲しんだ。

「師父、陋見老師がお亡くなりになられたというのは、本当ですか」

 璧銘真人は、騒がしい童子をたしなめながら、頷いた。

「老師の身に何があったというのですか。あれほどお元気でいらっしゃったのに」

 童子が仙道を学ぶため洞門をくぐってからこの方、仙人道士が亡くなるという報せは今までに聞いたことがなかった。仙人は不老不死であり、永劫生き続けるのだと童子は思っていた。璧銘真人は頭をふった。

万極書巻ばんきょくしょかんが完成したのだ」

「万極書巻とは、なんですか」

「この世の始まりから終わりまでを書き記した書物のことだ。起こりえた全てのこと、起こりうる全てのことも書かれている」

「その書物と、老師の死がどのように関係するのですか」

 その問いかけに、璧銘はじれったそうに再び、頭をふる。

「書巻の完成に伴い、師兄は仙丹を呑むのをやめたのだ。大仙といえど、仙丹を呑まなければ、寿命は尽きる」

「なぜ、老師は仙丹を呑まなくなったのですか」

「万極書巻を書き終えられ、師兄はその役目を終えられた。書巻を書くことは師兄の天数(運命)だったのだ。それを終えたのだから仙丹を呑む必要がない」

「それがなぜ仙丹を呑まず、死ぬことになるのです」

 幼い童子には理解ができなかった。天数によって役目を終えた者が、どうして役目と同時に生きることをやめるのか。

「我々は、死ぬことを忘れているわけではない」

 璧銘真人は、眉間に深いシワを刻み童子にいった。

「果たすべきことを果たすために生きているのだ。ただ我々の場合、その果たすべきことが人間よりも少しばかり規模が大きい。そのため少し長生きをしているだけだ」

 童子は唸り声をあげながら、炉にかけてあった鍋の湯を湯呑みに移した。熱湯を少し冷ましてから璧銘真人にさしだすと、璧銘は懐の瓢箪から仙丹をとりだし、自身と童子の掌にそれぞれ一粒ずつ置いた。

 金色の丸薬はいつもより重かった。

 童子は璧銘真人の傍らでしばらく仙丹を眺めていたが、やがて、鼻をつまんで呑みこんだ。


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