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1000字小説まとめ  作者: 八海宵一
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スラレタ・スマイル

 改札を出て、変化に気づいたのは連れだった。

「気分悪いのか?」

 唐突に聞かれた俺は首を傾げた。気分が悪いなんて言った覚えはない。どうしてそんなことを聞いてくるのかわからなかった。

「顔色悪いか?」

 俺が訊ねると、連れは心配そうな様子で頷いた。

 俺は駅の便所に行き、確認のため鏡を覗きこんだ。

 見慣れた顔。別に青ざめた様子もない普通の顔だ。これで顔色が悪いと言われたら、ずっと顔色が悪いことになる。大きなお世話だ。

 俺は安心し、笑おうとして、やっと気がついた。

 表情が崩れない。

 俺は鏡の前で固まった。

 どうやら電車の中で、“表情”をすられたらしい。


「最近、多いんだよね、表情すられる人」

 駅長室の奥の部屋で、俺は鉄道警察の担当官にそう告げられた。隣で連れが爆笑している。担当官はイスに座り、被害報告書をへらへら笑いながら、作成していた。

 被害にあった人間を前にしてなにが楽しいのかわからなかったが、俺はムッとした感情を顔には出さず(あたりまえだ)に言った。

「返ってきますよね、俺の表情」

「むずかしいね。ほら、出てきてもそれが自分のだってわからないでしょう」

 正論かもしれないが、俺は無表情のまま、拳を握り締めた。

「生活に支障が出るんですけど」

 自然と強い口調になる。しかし、担当官は笑ったまま、「まあまあ」となだめ、足元のダンボール箱を俺のほうに差し出した。中に大小さまざまなチューブが入っていた。

「応急処置だけど、一つ持っていっていいから」

 俺は箱からチューブを取り出した。

“しくしく(悲)”と書かれていた。

「なんですか? これ」

「それ塗ると、悲しい表情が作れるようになるんだ。ラベルにそう書いてあるだろう?」

「つまり、悲しい表情限定?」

「そういう事。これなら“ムカムカ(怒)”で怒った表情だ」

「いろんな表情が作れるのは? あったら、それがいいんですけど」

「あれはとても高いから、個人的に整形外科のほうで買ってもらうことになる……とりあえず、一番必要なのを一つだけ選んで、持って帰ってくれればいいから」

 一番必要な表情と言われても……。

 俺は適当にチューブを一つ取り出した。すると、担当官が言った。

「それは評判が悪いみたいだ」

 ラベルを見ると、“へらへら(笑)”と書かれていた。

 なるほど説得力がある。

 俺は別のチューブを取り出し、それを顔に塗りこんだ。


“やれやれ(落胆)”

 隣で連れが爆笑していた。


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