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1000字小説まとめ  作者: 八海宵一
14/25

眠らない羊飼い

 冷たい夜気が昼の喧騒から解放されて澄み渡り、耳をすますと遥か遠くの大気が揺れる音まで聞こえた。

 静穏。しかし――、

 大気の鳴動は次第に激しくなり、だんだんと近づき鳴り響いた。

 それはもう、うるさいほどに。

 どどどどどどどっ!

 怒涛の地響き。

 白く霞んでいた物体が、地平の彼方から猛烈な勢いでやって来た。

 猛烈な羊の群れ。

 羊が1匹、羊が2匹……羊が何千何百何十何万匹だ。

 あっという間に町を埋めつくした羊は、シープドックに追われ、無我夢中で逃げ回っている。

 めえめえ。

 群れに一頭だけいる黒羊に跨った羊飼いの青年が角笛を吹いた。

 シープドッグが動きを変える。

 ぽっぽこ、と羊が逃げ回る。アスファルトをカリカリ、ビルや民家に潜りこむ。

 オフィスで、ぽっぽこ。

 居間で、ぽっぽこ。

 寝室に逃げこんだ羊が、寝ている赤ん坊の頭を軽やかに跳び越えた。

 羊が1匹。

 天井を眺めている不眠症の男の目の前を、

 羊が2匹。

 喉の渇きに目を覚ました女の横を、

 羊が3匹。

 ぽっぽこ、めえめえ。

 黒羊に跨った青年は高層マンションの屋上に降りると、群れを見下ろしながら、シープドッグに命令を出した。羊の逃げていく方向を確認し、青年は黒羊の背から荷物を降ろした。海原の移動で汗臭くなった服を脱ぎ捨て新しいシャツに袖を通す。金盥の中に貴重な水を注ぎ、洗濯を始め、片っ端から干していく。

 干し肉を齧り、引っ張り出した毛布を被りながら、読みかけの小説を開く。

 青年が自由にできる時間は3時間しかない。3時間後には、群れとともに何千キロという距離をまた移動する。

「また、そんな格好で小説読んでる」

 コートを羽織った女がマグカップを持って立っていた。青年は困った顔つきで女を見た。

「君のために羊を百頭も増やした」

「無駄だと思う。あなたがここに来るかぎり、私は眠らないから」

 女はマグカップを青年に手渡した。青年は砂糖の入ったミルクに口をつけた。

「絶対、眠らせてやる」

「大好きなホットミルクを犠牲にしてでも?」

 青年はマグカップに視線を落とした。砂糖入りのミルクが湯気を立てていた。

「それでも、君は眠らなきゃ」

 黒羊が、めええと鳴いた。それが合図であるかのように、女は毛布に潜りこんだ。

「少しだけ、ね?」

 耳元で囁く女の声に青年は頷いた。女は青年に頭を預け、いたずらに羊の群れを数えた。

 羊が1匹、羊が2匹。

 数え切れない羊たちは、町中にあふれかえり、草を食んでいた。

 羊飼いの青年は、いつものように小説の続きを読み始めた。


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