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1000字小説まとめ  作者: 八海宵一
13/25

風に戦ぐ夏休み

 風が強い。

 公園のベンチに腰掛けたしゅんは、いたずらに揺れ踊る前髪をかきあげ、大通りを眺めた。カラオケボックス、レンタルショップに歯科クリニック…立ち並ぶいつもの店が、早い時間からシャッターを下ろしている。

“台風8号は依然、強い勢力のまま北東に進行中、住民の方は注意が必要です。以下の地域に警報が…”

 瞬はかすかに笑い、首からさげていたラジオの電源を切り、静かに目を閉じた。

 頬を撫でる風。遠くで何かが倒れる音。いつ降り出してもおかしくない雨の匂い。強い大きな力が段々と近づいて来る。

 世界が終末に向かっているような空気。

 湧き起こる焦燥感と緊張に、胸が高鳴る。

「そろそろ来るな、瞬」

 目を開くと、自転車に跨った達也がニヤリと笑っていた。夏期講習の帰りらしく、帆布鞄を肩からさげていた。

「遅い」

 瞬は不服そうに呟いた。達也が自転車から降り、肩を竦める。

「台風だから早めに終わって来てやったのに」

「武器は?」

「取りに帰ってる時間なんかない…オレの分も持ってるだろ?」

 達也がベンチの下を覗きこむと、瞬はかすかに頷いた。

 二本の金属バットを器用に足で引っ張り出し、一本を達也に手渡した。

「達也、その自転車は倒しといたほうがいい。一時間ぐらいで風がもっと強くなる」


 轟々と風が響き、木々が荒々しく揺れ、電線がうねる。

 瞬と達也は、転がってくるゴミ箱を蹴り、骨の折れたビニール傘を、バットで打ち落とした。駅前英会話のポスターが達也の顔に張り付こうとするのを、瞬が庇う。吹き溜まりのこの場所は、何が飛んでくるかわからない。酷いときだとペリカンの描かれた看板が大通りから、飛んでくる。

 台風が通り過ぎるまでの戦い。この場所で凌ぐ、ただそれだけ。

 通り過ぎるまで、そこにいられるなら、多少の擦り傷なんて気にならない。


 風が止みだした。

 瞬はゴミ箱を起こし、濡れた前髪をかきあげた。達也は自転車を立て、鞄をカゴに放りこんだ。

「最後に雨か」

「…問題集がずぶ濡れだ」

 二人ともシャツの裾を絞りながら、笑い出した。

 瞬が、ラジオのスイッチを入れる。

“台風8号は、先ほど日本海に抜けました。再上陸の恐れはなく…”

 台風一過。瞬は夜空を見上げた。

“次に、新しく発生した台風9号の情報です。大型の台風9号は、早い動きで現在、北上しており、明日にも本州に…”

 淡々としたアナウンサーの声に、二人は、ごくりと唾を呑みこんだ。


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