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1000字小説まとめ  作者: 八海宵一
12/25

痴呆蓄音機

 2ヶ月ほど前、ナオミにせがまれフリマで買った蓄音機。2000円払ったあとで置く場所がないとかなんとか言うから…仕方なくオレの部屋に置くことにした。

 アンティークといえば聞こえはいいが、コイツに関して言えば、ガラクタと呼ぶほうがふさわしい。

 あなろぐ。

 ニスの剥げたケヤキの筐体、錆びた真鍮の金具。そんなものを眺めにナオミは毎週、水曜の夜にやって来た。眺めてうっとりする彼女の姿に、オレは首を傾げた。

 なにがいいのか、わからない。

 わからないけど火曜の夜は掃除のついでに、“あなろぐ”を乾拭きしてやった。

 あなろぐ、えんばんくるくるかいてんき。

 錆ついたラッパから、調子はずれの歌謡曲が流れ出す。

 昭和30年代に流行ったらしい、あまり馴染みない曲。立てかけてあるエレキベースが泣いている。せめて8ビートにならないかな…。

「そんな古くさい曲やめろ、あなろぐ」

 すまないねぇ。

 歌謡曲のかわりに、志ん生の声が鳴り響いた。

 なにがどう壊れたらそうなるのかわからないが“あなろぐ”は、いままでに鳴らしたことのある音を、時おり思い出し、唐突に再生し始めた。大抵は調子はずれの歌謡曲だが、ときどき落語や浪曲、クラシックやジャズが鳴り響いた。前の持ち主は、ずいぶんと多趣味だったらしい……いや、何人もの主人に仕えてきたのか。

 痴呆蓄音機は、レコードがないことを忘れて、音楽を奏でる。

 真鍮のラッパから、静かなピアノ曲が流れてきた。

 懐かしい、どこかで聞いた曲。誰の、なんの曲だったか思い出せない。映画に使われたんだっけ?

「なあ、あなろぐ。その曲のタイトルなんだったっけ?」

 あなろぐは応えない。ただピアノ曲を思い出し、身勝手に再生を続ける。

「モノクロだったっけ? …なー、なんとか言えよ」

 あなろぐト短調……。

 曲が終わり、部屋に静寂がもどった。

 結局、タイトルは出てこなかった。

 あなろぐは、磨り減ったダイヤ針がついたアームを静かに、ゆっくりと上下に動かした。新しいレコードをねだっているようだった。

 なー、あなろぐ。

 いくらねだってみても、このアパートに、レコードなんてどこにもないんだ。

 なー、あなろぐ。

 レコードを持ってるナオミは、もう来ないんだ。

 第一、今日は土曜の夜で火曜の夜じゃない。

 そんな哀しいバイオリンの小品はかけるな。

 せめて、8ビートにしてくれよ。

 すまないねぇ。

 志ん生の声が鳴り響いた。


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