表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1000字小説まとめ  作者: 八海宵一
10/25

ユグドラシルの錠

 手遅れだ…。

 ノルンは下唇を噛み、薄い眉を顰めた。

 三姉妹の目を盗み、森の奥深くに忍びこんだ銀髪の幼い神は、目の前にある純銀の錠を見つめ、ため息を漏らした。

 それは世界樹ユグドラシルにかけられた錠で、かつて主神オーディンが創り出した錠。

 錠は世界樹にめりこみ、錆びた表面だけが見える。

 ノルンは目を閉じ、なにか方法がないか現在、過去、未来の記憶を手繰りはじめた…。

 そもそも世界樹ユグドラシルは、神界、地上界、冥界を支えるために植えられたトネリコの樹だった。小指ほどの苗だった樹は、三界を支え安定を希望する神々の祈りを生命に変換し、生長し続けた。わずか七日で神界、地上界、冥界に枝葉を伸ばし、世界はしっかりと絡みつき、望みどおりの安定が訪れた。

 しかし、ユグドラシルの生長はとまらなかった。

 神々は更なる安定を祈り、ユグドラシルは祈りを貪った。幹はますます育ち、根は山脈のように脈々と大地にうねり始めた。2200世紀経ったときには、支えであったはずのユグドラシルが世界を圧迫し始めた。枝葉は空の半分を塞ぎ、幹は世界のどこにいようと見ることができた。

 神々は世界の崩壊をおそれ、祈ることをやめたが、ユグドラシルは生長し続けた。もはや、誰にも止めることはできなかった。

 唯一、主神オーディンをのぞいては。

 オーディンは、持てる叡智の限りをつくし、純銀の錠と鍵を創り出した。オーディンはその錠をユグドラシルの幹に埋めこみ、鍵をかけ、時間の流れからユグドラシルを締め出した。生長を阻まれたユグドラシルは枝を振り、洞窟のような“うろ”から、断末魔をあげ、オーディンを呪った。

 オーディンはユグドラシルをおそれ、封印が解けることのないよう鍵を呑みこみ、ユグドラシルの根に三姉妹を住ませ、監視するよう命じた。

 それから、4400世紀…。

 ノルンは静かに目を開き、錆びた錠を見た。

 めりこんだ錠の鍵穴から、幹のなかに漂う水が一滴一滴、滴り落ちている。

 その一滴が錠の表面を撫で、少しずつ純銀の錠を錆びつかせ、風化させている。

 ノルンは口元を手で覆い、息がかからないように近づいた。

 錠はすっかり朽ちていた。

 根元の泉に膝まで浸かったノルンは、目の前の一本の樹を睨みつけた。

 樹は、風になびき枝を揺らし、葉ずれの音をさせていた。

 その樹は生きている。

 6600世紀経った今も、神々の目を盗み、生長しようとしている…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ