06
場所を変えて、ファミレスに入り、ドリンクバーで飲み物を取ってきてから、一気飲みした三人は同じタイミングで、コップをテーブルに叩き付けるとようやく頭の中の整理が付いたのか僕をマジマジと見ながら口を開いた。
「何言ってんだ、お前」
柔らかそうな黒い短髪に、愛らしいベビーフェイスなのにも関わらず、顔に似合わない長身で、キッチリとネクタイを上まで上げて涼しい顔をする知的系イケメン、新藤 勇雅。今の俺の敵は親友であるこの男である。理由?理由なんて、出の好みのタイプが知的系メガネらしいからだ。コイツがメガネをかけ始めたその瞬間からそのメガネを叩き割る気満々である。
「入に義兄さんと呼べだなんてトチ狂ったか?」
軽いウェーブが掛かった茶髪を軽くかきあげながら、切れ長の緑色の目で、勇雅より少し低めの身長の桐谷 愛は、勇雅にグッタリと寄り掛かって不審な目で僕を見る。チカはチャラい見た目に反して、中身は堅物だ。
「そんな事ありません」
「ていうか、敬語キモい」
固そうな金色の頭に手を乗せて、力を込める。
「痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!」
明里 圭一は小柄の体に、猫のように吊り上った大きな黒い目が特徴だ。実際、猫のように気まぐれなところがあり、でも人懐っこい性格のせいか陰で家猫と呼ばれて周りから愛されている。
「出の好みが知的系メガネらしくて」
「方向性間違ってるぞ」
ダルダルとツッコミを入れてくるチカを無視して、話を続ける。
「そうしたら、下っ端の奴が知的系といえば黒髪にメガネだと言っていて。イメチェンをその日に完了させて学校に行ったら、その下っ端が敬語で一人称を“僕”にしたら完璧だと言っていてな」
「そいつはバカなの?バカじゃなかったら天然だよ」
「……………」
ふと百合沢の成績表を思い出す。
アヒルと煙突が立ち並ぶ表と、笑顔の百合沢。
『いやぁ自分、1と2以外の評価見た事ないッス!』
一点の曇りのない笑顔で、僕の3しか羅列していない成績表を見る百合沢に「え?」と疑問符で頭が一杯になる。
『自分、テストで30点以上取った事ないんス!英語と国語に至ってはからっきしで』
テヘヘヘと暢気に笑う百合沢の将来が一気に心配になった瞬間、僕は咄嗟に百合沢の腕を掴む。
『勉強するぞ!!せめて足し引き掛け割りぐらい出来るようにするぞ!!』
『ええぇぇぇ―――!!!!?』
『ええじゃねぇよ!!』
それから仲間全員を溜まり場である空き教室に集めて勉強会を連日開催して次のテストでなんとか30点以上取れるように努力した僕は凄い頑張ったと思う。
よくよく思い出せば、不良の仲間達のおつむはまぁ、最悪だ。
「バカばっかだったな…」
「何を指して言っているのかわからないが、お前の頭が大丈夫か?」
「恋は盲目なんだよ。一人の女に好かれようと俺は一生懸命なんだよ」
第一印象は大事だ。いや、出の俺に対する第一印象は最悪だっただろうが、そのイメージを払拭させなきゃ出とちゃんと話すら出来ないだろう。
「つか、入の姉ってどんな奴?」
「うーんとねぇ…」
さっきまで驚愕のあまり黙っていた入がようやく口を開いた。かなり衝撃的だったのだろう。というか、多分だが、出が通っている学校を初めて知ったという感じがした。
「出は…………………………あれ…?」
五分という短い間、ずっと入が何を言い出すのかを待っていた俺達は、入がダラダラと冷や汗が掻きはじめた頃に、一口水を飲むと、チカが動き出した。
「飲み物持ってくるけど、何か持ってくる?」
「俺、カルピスー!!」
「お子ちゃま。俺は、ブラック」
「んだと!?」
「俺もブラック」
「んだと!!?」
お子ちゃまな圭一の頭をグリグリとテーブルに沈ませつつ、入のコップも何気にチカに預ける。
「そういや優貴、今度の春休みって何して過ごすんだよ」
「出とデートの予定立ててる」
「まだ付き合ってねぇのに気ぃはえーよ!!」
「んだよ。オメェ等はなんか計画立ててんのかよ」
「春休みは入と一緒に旅行の計画立ててるが」
旅行か…
出と初デートは温泉旅行とかいいな。その前に、出のあの成績では春休みどころの問題ではないだろうから、徹底的に勉強だな。
「んで、彼女ってどんな子」
「悪戯好きで、貧乳」
「貧乳関係なくね?」
もう一度圭一をテーブルに沈ませる。
「ボケ体質で、ツッコミどころ盛り沢山」
「芸人になりてぇの、その子!?」
圭一の頭をテーブルに押し付けると、「いたたた!」と悲鳴をあげるが気にしない。
「知的系インテリメガネがタイプで、お菓子が大好き」
「将来のデブ候補」
ドゴッと圭一の頭を殴る。
「ボケかましてるわけじゃねぇんだよ」
「ごめんなさい」
ドスを利かせた低い声で言ってやれば、圭一が即座に謝ってくる。これはお馴染みの光景である。
「持ってきたよ」
チカが良いタイミングで、飲み物を持ってきて、それぞれの前に置く。
「で、入の姉ってどんな子?」
「うーんとねぇ、悪戯好きで、ボケ体質で、お菓子が大好きな子だよ!」
入はきっと出に避けられまくっていて、出という姉の存在がどんなものかわからなかったのだろう。何せ、出の嫌いなものトップ1に君臨しているのは、妹である入だからだ。