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チクビーム人間

改造人間チクビーム男たちの襲来

作者: 鳥羽ミワ
掲載日:2026/04/01

 東京都某区、B地区――。

 薄汚れた路地にある窓のない廃工場の中には、夜にも関わらず光が満ちあふれていた。

 一人の若い男がサングラスをした黒ずくめの男たちによって羽交いじめにされ、同じく黒ずくめの男の前に立たされる。

 目の前に立つ黒ずくめの男の手には、棒があった。

 それを一段高いところから見下ろす男が、「やれ」と冷酷な指示を飛ばす。

 棒を持った男は、じりじりと若い男のもとへとにじり寄った。怯える表情にも関わらず、無情にも乳首へと棒が押し当てられる。


「何をする、やめろ、やめてくれ……ぐぁーっ!」


 ドリルのようにぐりぐりと胸部を押される男。両乳首をドリルされた後、その男の胸に――いや、乳首に淡い光が灯る。やがてそれは輝きを増し、果てには彼の服を貫きビームを放った。


 見下ろす男が、サングラスを得意げにかちゃりと鳴らす。中年の脂ぎった肌、ぎらぎらと野心に光る瞳。

 この男――経堂宗男きょうどうむねおは夜な夜な男をさらい、乳首でビームを放つことができる男――改造人間チクビーム男を開発しているのである。


「チクビーム開発は成功したようだな。連れていけ」

「はい!」


 経堂はほくそ笑みながら、今月中に開発したチクビーム男の帳簿を開いた。

 今月は一夜につき三人の改造に成功している。その後は乳首からビームが出るという奇怪さに尊厳を喪失した男たちは、「もうどうでもいっかぁ」と諦めの気持ちで経堂の悪事へ加担することもある。そうでない人間は野に降りて、ただ「チクビームが出る男である」という事実をひた隠しにして生きるのみだ。

 経堂の組織する悪の秘密結社ニプルズ。経堂はチクビーム男を開発し、街を荒らしては「男の乳首」の有用性を暴力によって知らしめている悪漢である。


 しかし今晩は違った。


 突如としてあふれる光。いや、違う。壁が破壊され、その穴から光があふれているのだ。

 そして穴の向こうに凛と立つ、胸元の破れたシャツを着た若い男――。


「きっ、貴様は……宗像恭弥むなかたきょうや!」

「そうだ。貴様によってチクビーム男へと改造された、宗像だ!」


 どこか悲壮な表情で、宗像は肘をあげて両手を頭の後ろで組む。チクビーム発射の姿勢だ。経堂は「応戦しろ!」と怒鳴りつける。周りの構成員たちも慌ててチクビーム発射の構えを取り、チクビームの押収が始まった。

 眩い光が廃工場に満ちる。頑丈な壁は穴だらけになり、貫通した光によって周りにも焼け焦げたような跡が刻まれていく。

 宗像は叫んだ。


「行こう、【ニプレス】のみんな。俺たちでニプルズを壊滅させるんだ!」


 青臭い勇気に、経堂は歯噛みをする。

 お前たちはいいよな、と内心毒づいた。


 経堂の乳首は男らしからぬ大きさを誇り、「女みてえだな」とプールの授業のたびにからかわれてきた。

 しかしこのZ世代の男たちはどうだ。コンプラ意識の発達した世代ではきっと乳首でからかわれることもなかったに違いない。


 そんな経堂の身勝手な怨恨も知らず、ニプレスのチクビーム男たちはニプルズの構成員を圧倒しはじめていた。

 このままではまずい。経堂もいよいよ覚悟を固め、肘をあげた。手を頭の後ろで組み、チクビームを発射しようとしたときだ。


 キュンキュンキュン、とエンジンのような音がする。一拍置いて爆発音があたりに響き、敵味方関係なくチクビーム男たちは地面へと伏せた。

 爆風の中、ひとり歩む男の姿があった。乳首のところだけが破れたシャツに、スキニージーンズのいでたち。優れた顔立ち。

 どこか物憂げな表情の彼の乳首は、陥没していた。


「まったく、ニプルズだのニプレスだの……お前たちはしょせん、俺たちみたいな陥没した連中のことなんか気にも留めないんだもんな」


 陥没乳首には淡い光がそこでわだかまっている。やがてそれはチカチカと瞬きだし、爆発を産んだ。

 宗像が叫ぶ。


「やめろ宗久むねひさ……! お前だって、ニプルズへの逆襲を誓った同士じゃないか!」

「何を言う。俺が陥没乳首だってからかわれている間、お前は何もしてくれなかったじゃないか!」

「そんなことがあったのか? 言ってくれれば」

「ああ、言えるわけがないだろう、お前だけにはな!」


 突然始まった愁嘆場に、経堂たちニプルズは戸惑いつつも集中砲火を浴びせるために円陣を組み始めた。

 宗像と宗久ははっと我に返り、チクビームで迎え撃つ。

 あふれんばかりの光に、サングラス越しでも目が焼けるようだった。

 ちかちかと目に残像が残り、鮮やかな点が乳首の数だけ残って尾を引く。

 チクビームの応酬の中、宗久が叫んだ。


「おい、ニプルズ! なぜ政府へチクビーム男の開発方法を渡した!」

「何ィ!?」


 経堂は目を剥き、動揺をあらわにした。

 これには宗像も肘をさげ、「どういうことだ?」と戸惑った様子を見せる。


 宗久は尻ポケットからメモ用紙を取り出し、つかつかと経堂のもとへと歩み寄った。


「官製チクビーム人間開発計画だ。俺たち【ボコチクビ】のメンバーが突き止めたが、どうやら陰謀論では済まないらしいぞ」


 そこに書かれていたのは、ニプルズのみが――経堂のみが知りうるはずの、チクビーム男開発技法だった。

 経堂の表情が驚愕に染まる。心血を注いで開発したものが漏れているのだ。

 宗像は怒りを露わにする。


「チクビーム男を政府が作ろうだなんて許せない! こんな尊厳を奪う卑劣な行為は、あってはならない!」


 怒りに震える二人をよそに、「まだあるぞ」と宗久は冷ややかな声色で言った。


「このチクビーム人間開発計画。実験参加を表明している志願者には、女がいるらしい」


 しん、と場が静まり返った。

 全員が目と目で会話を交わす。


 乳首の陥没しているしていない、乳輪の広い狭い、乳首の大きさに関わらず、男たちの気持ちは一致した。


 経堂が息を吸い込み、声をあげた。


「さすがにそれはシャレにならん!」


 宗久が拳を振り上げる。そして彼が告げた場所へ、大挙としてチクビーム男たちは押し寄せた。

 政府が密かに買い上げた土地へ建造中の工場。立ち入り禁止の看板をチクビームで焼き、警備員の目をチクビームの光で眩ませ、チクビーム男たちの行進は続いた。

 やがて建設現場にたどり着いた男たちは、そろって肘をあげ、頭の後ろで手を組んだ。

 チクビーム発射の構えを取った男たちの中で、経堂が声を張り上げる。


「撃てェーッ!」


 一気に発射されるチクビーム。目が潰れんばかりの光。

 男たちの両乳首から湧き出たビームは工場を跡形もなく灰燼と化した。


 夜明けがやってくる。今の内に逃げなければ。


 経堂のもとへ、宗像がやってくる。彼の服はボロボロを通り越して、かろうじて腹に布が残っているだけだった。


「あんたと一緒に戦うのはこれっきりだ。……俺たちはまだ、チクビーム男から戻る方法を探し続ける」

「ふん。迎え撃つのみだ」


 宗久は宗像の肩を叩いた。宗像が振り返ったとき、宗久はすでに背を向けて歩き始めていた。


「おい、宗久……!」


 旧友の声に、宗久は片手を挙げて答えるのみだった。


 こうして、官製チクビーム人間開発計画という陰謀は潰えた。


 跡形もなくなった工場建設現場を、ジリジリと朝日が照らす。そこへ、一台の黒い車がやってきた。

 それはゆるやかにブレーキをかけ、止まった。中から現れたのは、白衣の若い女だ。


 女はこの惨状を目の当たりにして唇を噛み、「なんてことだ」とうめく。


「官製チクビーム人間開発計画。ここで潰えさせてなるものですか……!」


 そう言って、彼女は胸元を押さえた。

 その両乳首は――光っていた。


 女は叫ぶ。


「男の乳首の方がエロいのに、女の乳首が光ってはいけないなんて、理不尽だ!」


 チクビーム女はひとり、復讐の心を胸に車へと乗りこんだ。

 彼女の襲来までのわずかな時間。それがチクビーム男たちに許された、休息のひとときだった。

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