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第51話:美少女の着せ替え人形

 急激な成長――あるいは進化――を遂げたマシロを迎えてから私たち親子は切実な問題に直面していた。


「⋯⋯ないな」


「⋯⋯ない!」


 リビングの真ん中で私とマシロは腕組みをして唸っていた。

 

 目の前には以前までマシロが愛用していた服の山――フリルのついたワンピースやクマさんのアップリケがついたパジャマ、幼児用の小さい靴下と⋯⋯そのすべてが今のマシロには物理的に入らない。


 現在のマシロは推定十歳から十二歳、身長は百四十センチ後半まで伸びて手足もすらりと長くなっている。


 今、彼女が着ているのは私が貸したオーバーサイズのパーカーとショートパンツ(ウエストを紐で限界まで絞ったもの)だけだ。


 パーカーの裾から伸びる生足とそこから覗く銀色の長い尻尾。いわゆる「彼シャツ」状態であり、ビジュアルとしての破壊力は凄まじいのだが幼児だった頃とは違い少女の姿、いい加減、この子にちゃんとした服を買ってやらなければ。


「マシロ、今日はお買い物に行くぞ」


「お買い物? ツナマヨ買う?」


「いや、服だ。マシロが大きくなったから新しいお洋服が必要なんだ」


「わぁ! 新しいお洋服!」


 マシロは嬉しそうにパーカーの中で身体を揺らす、中身は四歳児のままなので喜び方も全身全霊だ。


 しかし問題はどうやって連れて行くか。


 あの緊急配信でマシロの進化した姿は全世界に公開されてしまった。

 切り抜きも含めればすでに数千万回、数億回まで再生されているだろうし、テレビでもネットでも繰り返し取り上げられ、マシロの新しい姿は日本中――いや世界中の人間が知っている。


 この状態で街を歩けばパニックになるのは火を見るよりも明らかだろう。


 正直、通販で済ませたかったが成長後のマシロの正確なサイズがわからない。採寸してみたものの、そもそも猫獣人の体型は人間の規格と微妙に違う。


 肩幅に対して腰が細すぎたり、尻尾の付け根の分だけウエスト周りに余裕が必要だったりする。試着なしで買って全部サイズが合わなかったら意味がないので実店舗に行くしかない。


 そしてなによりも――私はマシロとお買い物がしたかった。


「よし、マシロ。こっちに来なさい」


 私はリビングのテーブルに「変装セット」を広げた。深めに被れるニット帽、黒縁の伊達メガネ、大きめのマスク。さらにフード付きのロングコートとスニーカー。


 三日間の猶予があったおかげで最低限の変装道具は揃えてある。どれも、かつて楽器屋に行くときに使ったものより大きいサイズだ。


「潜入ごっこ! また耳、ぺたんってする?」


「そうだ。苦しいかもしれないがお店に着くまでは我慢してくれ。あと尻尾はコートの中に隠して、絶対に振っちゃ駄目だぞ」


「マシロ、大丈夫!」


 マシロは楽しそうにニット帽を被り、自慢の猫耳をぺたんと倒して押し込んだ。

 伊達メガネとマスクで顔の大半を覆い、フードを目深に被せる。


 ⋯⋯それでも隠しきれない美少女オーラが漂っているが、まあ遠目には「ちょっとスタイルのいい小学生」に見えなくもない⋯⋯はずだ。


 行き先は都心から少し外れた郊外のショッピングモール。都内の有名商業施設は人が多すぎて危険だし休日の原宿など論外。


 平日の昼間、客層がファミリー中心の郊外型モールなら多少はマシだろう。 それでも万全を期すためにもう一人、頼れる助っ人を呼んである。


 ☆


 郊外のショッピングモール――比較的空いている時間帯を狙い、ティーン向けのファッションフロアにて待ち合わせをした。


「あ! 奏さーん! マシロちゃーん!」


 向こうから小走りで近づいてきたのはキャップとサングラスで変装した女性――戌井(いぬい)くるみ(ワンダ・バウ)だった。


 彼女も今日はオフモードだがその溢れ出る「陽キャオーラ」は隠せていない。

 彼女を呼んだのは変装の甘さを補うためでもある。万が一マシロが注目を集めた場合、くるみに別方向で騒ぎを起こしてもらって視線を逸らす――という作戦だ。


 本人には「マシロちゃんのお着替えを手伝って」としか言っていないが。


「お久しぶりです。先日はありがとうございました。くるみさん」


「ううん、なんてことないですよ! ⋯⋯って、うわぁ!」


 くるみは私の後ろに隠れていたマシロを見て、サングラスをずらして目を丸くした。


「成長したマシロちゃん⋯⋯! 配信では見てたけど実物はやっぱり違う⋯⋯! 足ながっ! 顔ちっさ!」


「わんわん! みてみて、マシロおっきくなった!」


 マシロが駆け寄るとくるみはその場にしゃがみ込み(それでも目線の高さが変わらなくなったことに驚きつつ)マシロをぎゅっと抱きしめた。


「すごいねぇ、可愛いねぇ〜! もう『マシロちゃん』じゃなくて『マシロさん』って呼ばなきゃダメかな?」


「ううん、マシロはマシロだよ!」


「あぁ〜尊い⋯⋯中身が変わってなくて安心したわ⋯⋯」


「くるみさん、声。それとあまり長く立ち止まらないでください。目立ちます」


「あっ、ごめんなさい!」


 再会を喜ぶ二人を促し、私たちは足早にジュニア服専門店へと入った。

 店内の客は数えるほどしかおらずパステルカラーや流行のデザインを取り入れた、キラキラとした服が並んでいる。


「さあマシロちゃん! 今日は私が専属スタイリストになってあげる! どんな服でも似合うと思うけど、やっぱり今のマシロちゃんには⋯⋯これよ!」


 くるみが陳列棚から素早く抜き取ったのは肩出しのオフショルダーブラウスと膝上丈のフレアスカートだった。

 淡いピンク色でフリルがあしらわれている。いかにも「今どきの女子小学生」といった装いだ。


「却下です」


 私は即座にそのコーディネートを横から奪い取って棚に戻した。


「えっ!? なんでですか奏さん! 絶対似合いますよ!」


「露出が多い。肩なんか出したら風邪を引きます。それに膝上など言語道断ですよ変な虫がついたらどうするんですか」


「過保護か! 夏なんてもうすぐですよ!?」


「駄目です。マシロにはもっと、こう⋯⋯知的で清楚で防御力の高い服がいい」


 私が選んだのは首元までしっかり隠れるハイネックの長袖シャツと、くるぶしまであるロング丈のデニムサロペットだった。 これなら肌の露出は顔と手先だけで尻尾もサロペットの中に隠しやすい。


「地味ですって! 昭和の文学少女ですか!」


「機能美と言ってください。⋯⋯マシロ、こっちの方が落ち着くだろう?」


「うんと⋯⋯マシロ、こっちがいい」


 マシロはくるみが持っていたフリルの服を名残惜しそうに見つめている。


「ほら見なさい! 女の子はヒラヒラが好きなの! 奏さんのセンスは男前すぎるんですよ、見た目は美人なのに!」


「⋯⋯余計なお世話です」


 そこから不毛なファッション対決が幕を開けた。くるみが「アイドル風キュートコーデ」を提案すれば、私が「鉄壁の要塞コーデ」で対抗する。


 マシロはその間、きょとんとした顔で二人のやり取りを眺めていたが、やがて「どっちも着てみる!」という平和的解決策を提案した。


 ☆


 試着室の前――私とくるみはカーテンが開くのを固唾を飲んで待っていた。周囲に他の客がいないことは確認済みだ。


「まずは、くるみさんおすすめの服からだ」


「ふふん、覚悟してくださいね。私の目に狂いはないですから」


 シャッ、とカーテンが開く。


「⋯⋯どう?」


 そこには水色のワンピースを着たマシロが立っていた。

 ウエストがきゅっと絞られスカートがふわりと広がるAライン。


 試着室の中なので帽子とマスクは外している。銀髪が肩にさらりと落ち、オッドアイが恥ずかしそうにこちらを見ていた。 鏡の前で少しポーズを取るその姿は、紛れもなく――


「⋯⋯天使か」


「⋯⋯女神ですね」


 私とくるみの声が重なった。似合うとかいう次元ではない。服がマシロを引き立て、マシロが服を輝かせている。 ただ立っているだけで試着室周辺の空気が浄化され、キラキラとしたパーティクルが舞っているように見える。


「はっ⋯⋯! マシロ! 可愛いぞ! すごく可愛いがカーテンを閉めろ! 今すぐだ!」


 私は慌ててマシロを試着室の中に押し戻し、カーテンを閉めた。


「タナデ、マシロだめ?」


「駄目じゃない! 良すぎるんだ! ⋯⋯帽子もマスクも外してる状態で、こんな目立つ格好されたら、店中の視線が集まる」


「奏さん、落ち着いて。今このフロア、ほとんど人いないですから」


「油断大敵です。一人でもスマホを向けられたら終わりなんですよ」


 くるみが苦笑しながらも、さり気なくフロアの入口方向を確認してくれた。

 ⋯⋯頼れる人だ。呼んで正解だった。


 その後も私が選んだサロペット(もちろん似合っていて可愛かった)、ちょっと背伸びしたジャケットスタイルなど、次々と着せ替え人形状態になるマシロ。


 何を着ても似合ってしまう素材が良すぎるのだ。

 途中から店員さんも気づいて近寄ってきたが、くるみが「妹のお買い物に付き合ってるんです〜」とフォローを入れ、事なきを得た。


 ただ、その店員さんも「あの⋯⋯よろしければ当店の新作も⋯⋯」と完全にマシロのビジュアルに魅了されて、頼んでもいない服を次々と持ってきた。


「ふぅ⋯⋯全部可愛くて選べないな」


 一通り試着を終え、私は額の汗を拭った。


「マシロはどれが一番気に入った?」


 マシロは山積みの服を見つめ、それからふと近くのワゴンセールコーナーに目をやった。とてとてと駆け寄り、一枚のTシャツを引っ張り出した。


「これ! これがいい!」


 彼女が満面の笑みで掲げたのは、なんとも言えない表情をした、ゆるキャラ風の猫がプリントされたTシャツだった。


 目つきが悪く、だらしない格好をした猫のイラストの下に『NO WORK DAY (働きたくない)』と書かれている。正直、オシャレとは程遠い。ネタTシャツの類だ。


「⋯⋯え、それ?」


 くるみが絶句した。


「あんなに可愛いフリルやレースがあったのに、それ?」


「うん! この猫さん、タナデに似てる!」


「似てないだろ。私はそんなだらしない顔をしてないぞ」


「似てる! 朝、起きないときのタナデ!」


 マシロはニシシと笑いながらそのTシャツを胸に当てた。


「マシロ、これがいい。これ着てタナデとお揃い!」


 ⋯⋯お揃い。その言葉に私の胸がきゅんと音を立てた。


 確かに私は家ではパーカーやジャージ、適当なTシャツで過ごすことが多い。マシロにとっての「家族の象徴」は着飾った服ではなく、リラックスできるこういう服なのかもしれない。


「⋯⋯はぁ。分かったよ」


 私はため息をつき、しかし口元を緩めた。


「わかった。それも買おう。でもそれは少し大きいから外に行く時はちゃんとした服を着るんだぞ」


「やったー!」


 ☆


 数十分後、レジの前で私はブラックカードを取り出していた。


「お会計、合計で十五万八千円になります」


 店員さんの声に、後ろにいたくるみが「ぶっ!」と吹き出した。


「ちょっと奏さん!? あの猫Tシャツだけじゃないんですか!?」


「当然です。マシロが着て似合った服は全部保護する義務があります」


 カウンターの上には山のような服の山――試着した服、すべてだ。

 水色のワンピースも、サロペットも、店員さんが持ってきた新作も、そして謎の猫Tシャツも。


 全て購入することにした。だってどれも可愛かったのだ。選べるわけがない。うちの娘が着るのだから必要経費だ。いや投資だ。未来への文化遺産だ。


「お支払い回数は?」


「一括で」


 店を出るとマシロは新しい猫Tシャツを購入袋から大事そうに取り出して抱きしめ、ご機嫌に私の手を握ってきた。少し位置が高くなったその手は以前よりも温かく、しっかりと私を掴んでいる。


「タナデ、ありがとう! お洋服、いっぱい!」


「ああ。大切に着ろよ」


「うん! ⋯⋯あ、くるみお姉ちゃん、アイス食べたい!」


「はいはい、わかったわよ。今日はスポンサーがいるから食べ放題ね!」


「私の財布をあてにしないでください⋯⋯」


 美少女に進化したマシロとの生活はどうやら以前にも増して騒がしく、そして金がかかりそうだった。

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