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第46話:緊急配信『マシロを助けてください』

予約投稿をミスっていました。

本日、午前7時に45話を更新しております。m(_ _)m

「聞こえたとおりです神様。マシロが嫌がってるから交渉は決裂だ」


 私は腕の中のマシロを抱きしめ直した。

 まるで空気の塊を抱いているようだが、その胸の奥でトクトクと鳴る心臓の鼓動だけは、まだ確かにそこにあった。


 狐面の神使は呆れたように肩をすくめた。


「話を聞いていなかったのか? 感情論で(ことわり)は覆せぬ。その娘の存在維持費(エネルギー)が枯渇している事実に変わりはない。貴様がどれほど吠えようとガソリンのない車は走らぬのと同じだぞ」


「エネルギーがないなら補充すればいいだけの話、違いますか?」


「補充だと?」


 神使は嘲笑った。


「何を寝言を。信仰とは長い年月をかけて培われるもの。一朝一夕で集まるものではない。(やしろ)を建て、清め、人々が畏敬の念を持って祈りを捧げる⋯⋯その純粋な霊力のみが我らを生かすのだ」


 時代遅れだ。

 私は鼻で笑った。

 こいつは神の使いかもしれないが現代社会の「仕組み」を知らない。


「狐様、アンタがたの時代には信仰を集めるのに何年かかりました? 村人全員の祈りを集めるのに、どれだけ手間が?」


「⋯⋯何を言いたいのだ」


現代(いま)の人間が、どれだけ巨大で重くて速い『信仰』を持ってるか、教えてあげますよ」


 私は立ち上がった。

 足元のふらつきはない。覚悟が決まった人間は強い。

 マシロを横抱きにしたまま私は部屋の出口へと向かう。


「どこへ行く」


「仕事場です。そこで証明してみせます。私の『家族』を救うための現代の儀式を」


 神使は止めなかった。


 ただ興味深そうに私の後をついてくる。彼にとっては死にゆく者の最後の悪足掻きに見えているのだろう。


 それでいい。見ていろ。常識ごとひっくり返してやる。


        * * *


 防音室に入ってデスクの前の椅子に座る。

 マシロを膝の上に乗せた。


 彼女はもう目を開けているのも辛そうだ。体はさらに透け、私の膝のデニム生地が彼女の太ももを貫通している様子がうっすらと見えてしまっている。


 時間がない――あと数十分、いや数分かもしれない。


「タナデ⋯⋯?」


「大丈夫だよマシロ。今から、みんなを呼ぶからな」


 震える手でマウスを握りPCを起動する。

 モニターの光が薄暗い部屋を青白く照らした。


 時刻は深夜2時――本来なら草木も眠る丑三つ時だ。

 だが今の世の中に「眠る時間」なんてない。

 インターネットという名の海は24時間眠らない。


 私は配信ソフトを立ち上げてタイトルを打ち込んだ。

 釣りタイトルでも、洒落の効いたコピーでもない。

 ただの、悲痛な叫びをそのままに。


 『緊急配信 マシロを助けてください』


 サムネイルなど作っている暇はない。

 設定を確認し、深呼吸を一つ。

 心臓が早鐘を打っている。


 プライド? 世間体? そんなものは犬に食わせろ。

 私は今から全世界に恥を晒す。


 オカルトを信じる頭のおかしい女だと後ろ指を指されたって構わない。

 マシロが助かるなら私はピエロにでも悪魔にでもなってやる。


「⋯⋯始めるぞ」


 『配信開始』のボタンをクリックした。


        * * *


 深夜2時――。

 スマホの通知音が日本中の――いや、世界中の「夜更かし勢」の手元で鳴った。


 『shiro_cat チャンネルがライブ配信を開始しました』


「は? 今?」


「誤爆か?」


「今日のイベントの打ち上げ配信かな?」


 多くのリスナーは軽い気持ちで通知をタップした。

 昼間のイベントの興奮が冷めやらず、SNSで感想を語り合っていた者たちも一斉に配信画面へと流入する。


 同接数は開始数秒で1万人を突破した。


 しかし画面に映し出された映像を見た瞬間、コメント欄の動きがピタリと止まった。


 そこには、いつも通りの綺麗な背景があった。

 しかし映っている人物が異常だった。


 一ノ瀬奏――いつもはクールで、整った顔立ちをしている彼女が今は髪を振り乱し、顔色は紙のように白く、目は血走っている。


 そしてその膝の上にぐったりと横たわるマシロ、彼女の姿は――


『え?え?』

『マシロちゃん?』

『おい、透けてないか?』

『今度は何? いや、バグってるの?』

『顔色がやばい』

『どういうこと?』

『ドッキリだよな?』


 混乱が走る中、奏が口を開いた。


「⋯⋯リスナーの皆さん。夜分遅くにすみません。一ノ瀬奏です」


 その声は震えていた。

 マイクが拾う荒い呼吸音が事態の切迫さを伝えてくる。


「単刀直入に言います。⋯⋯みんな、どうか助けてください」


 奏はカメラに向かって深々と頭を下げた。

 床に額を擦り付けるような、深いお辞儀。


 あの傲岸不遜な態度でアンチを一蹴する「モンタナ先生」が、見たこともないほど必死な形相で懇願している。


「今、マシロが⋯⋯消えかけている」


 奏がマシロの手を持ち上げてカメラのピントが合う。


 誰もが息を呑んだ。

 その手は半透明だった。


 向こう側の奏の服が透けて見えている。

 クロマキー合成の失敗? いや、そんな不自然なエッジではない。

 まるで、そこに存在する「現実感」だけが欠落したかのような、生理的な拒絶反応を催す透明度。


「笑うかもしれない。頭がおかしくなったと思うかもしれない。でもこれは現実です」


 奏はカメラを睨みつけた。

 その目には狂気と理性、そして深い愛情がないまぜになっていた。


「この子は⋯⋯ただの人間じゃない。ある種の⋯⋯奇跡みたいな存在です。そして今、その奇跡を維持する力が尽きかけている」


『な、なに言ってるんだ?』

『ネタだよな? ドッキリだよな?』

『いや、一ノ瀬の顔見ろよ。ガチだぞこれ』

『マシロちゃん、息してなくない? どうなってるのよ』

『人間じゃなかったのか? いや猫耳と尻尾の時点で人間ではないけどさ⋯⋯』

『俺達はどうすればいい? 教えてくれ』


「原因は⋯⋯私が、マシロを多くの人の目に晒しすぎたことらしい。急激な注目と熱狂が彼女の魂を削ってしまった」


 奏の声が詰まる。

 悔恨。自責。

 それでも彼女は言葉を続けた。


「でも、まだ手はある。⋯⋯それは『信仰』です」


 奏は画面の向こうの「何か」を一瞬睨んでから、再びカメラに向き直った。


「マシロを繋ぎ止めるには純粋な『想い』の力が必要らしい。昔の言葉で言えば信仰、今の言葉で言えば⋯⋯『推す気持ち』あるいは心中(しんちゅう)の『愛』」


 同接数は5万人を超えていた。

 深夜とは思えない勢いで数字が増えていく。


「オカルトだと言ってもいい。私の頭がおかしくなったと笑ってくれてもいい! だけど今だけは⋯⋯お願いします!」


 奏は叫んだ。

 涙も鼻水も構わず、なりふり構わない絶叫だった。


「マシロの名前を呼んで! コメントで、声で、祈りで、なんでもいい! この子が好きだという気持ちを、ここにどうか届けて! マシロがここにいていいんだと皆で証明してください!!」


 奏はマシロの体を抱きしめ、マイクに近づけた。


「マシロ! 聞こえるか! 今、みんながお前を呼ぶぞ! お前は独りじゃない!」


 画面の中のマシロが、うっすらと目を開けた。

 その瞳から光が消えかけている。


「⋯⋯たな⋯⋯で⋯⋯?」


 消え入りそうな声。

 その姿は、あまりにも儚く、そしてあまりにも――守りたくなるほど愛らしかった。


 視聴者たちは悟った。

 これは理屈ではない。


 詳しい事情も科学的な根拠もどうでもいい。


 今、目の前で自分たちが愛した「小さな奇跡」が失われようとしている。

 それを止めることができるのは自分たちしかいないのだと。


 誰かがコメントを打った。

 それは波紋のように、一瞬で広がった。


『マシロちゃん!』


 それは合図だった。

 堰を切ったように、コメント欄が加速する。


『マシロちゃん!!』

『消えないで!』

『マシロちゃん大好きだよ!』

『ここにいて!』

『ずっと歌を聴かせて!』

『マシロ! マシロ! マシロ!』

『いくなよマシロ!』


 言葉の奔流――滝のように流れるスーパーチャット。

 赤、黄、青。色とりどりの金額と共にそこには一つの共通した願いが込められていた。


 ――生きろ。


 奏の背後、暗がりの中で狐面の男が目を見開いていた。

 彼には見えていたのだ。

 モニターから溢れ出す、人の目に見えない光の奔流が。

 無数の光ファイバーを通じて電波に乗り、世界中から集束する莫大なエネルギーの塊が、この狭い防音室へと雪崩れ込んでくる様が。


「馬鹿な⋯⋯」


 神使は呻いた。


「これが⋯⋯現代の信仰エネルギーだと⋯⋯!?」


 それはかつて社に捧げられた静謐な祈りとは違った。

 雑多で、騒がしくて、欲望まみれで、けれど誰よりも熱く、重く、強烈な――「推しへの愛」という名の新たな時代の霊力だった。


 奏はモニターを見た。

 流れるコメントの速さが視認できないほどになっている。


 同接――10万人突破、15万人、20万人。

 深夜のインターネットが静かに揺れていた。


「届け⋯⋯! マシロに届けぇぇぇぇッ!!」


 奏の叫びと共に光の奔流がマシロの体を包み込んでいった。

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