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第27話:トップVtuberからの挑戦状


 配信開始ボタンをクリックする指先が、ほんの少しだけ震えていた。

 それは恐怖からではない。これから始まる「戦い」への静かな興奮と覚悟によるものだ。


「⋯⋯準備はいいか、マシロ」


「ん。タナデといっしょなら、だいじょぶ!」


 隣で椅子にちょこんと座るマシロが、私の袖をギュッと握りしめる。その温もりが、私を最強の「保護者」にしてくれる。


 私は深く息を吸い込み、カメラに向かって微笑んだ。


「――配信、スタート」


 画面が切り替わる。

 いつものように「待機所」でコメントを流していた数万人の視聴者の前に、私たちの姿が映し出された。


 これまでは首から下だけ、あるいは後ろ姿だけを映していた私、一ノ瀬奏。

 だが今日は違う。

 隠すものは何もない。


『うおおおおおおおおお!!』

『顔出しキターーーーー!!!』

『やっぱ美人⋯⋯いや、イケメン女子?』

『これが一ノ瀬奏⋯⋯伝説の天才作曲家⋯⋯』

『横のマシロちゃん今日も天使』

『親子だ⋯⋯完全に親子の距離感じゃん』


 コメント欄が滝のような勢いで流れていく。同接数は開始一分ですでに十五万人を突破していた。

 週刊誌の記事が出てからというもの、世間の注目度は爆発的に跳ね上がっている。


「こんばんは、あるいは初めまして。チャンネル『shiro_cat』の運営兼ピアノ担当のタナデです。⋯⋯本名は先日報道された通り、一ノ瀬奏です」


 私はカメラを真っ直ぐに見据えて語り出した。


「今日は皆様にご報告と、ある決意をお伝えするために枠を取りました」


 私はマシロとの出会い、彼女が路地裏で凍えていたこと、そして音楽を通じて言葉と感情を取り戻していった経緯を改めて自分の口で説明した。


 感傷的に訴えるつもりはない。ただ事実を淡々と、しかし心を込めて話す。

 

 そして話題は『スターライト・プロモーション』の一件へと移る。


「先日、ある事務所の方々がマシロを所属タレントとして迎え入れたいと来訪されました。⋯⋯ですが、私はお断りしました」


 私は言葉を切り、隣のマシロの頭を優しく撫でた。マシロは気持ちよさそうに目を細め、カメラに向かって「にゃぅ」と小さく鳴いた。その一挙手一投足にコメント欄が「尊い」「守りたい」の弾幕で埋め尽くされる。


「彼らはマシロを『素材』と呼びました。希少なサンプル、金を生む商品だと。⋯⋯ですが見ての通り、彼女は感情を持ち、歌を愛する一人の女の子です。誰かの所有物でも実験動物でもありません」


 私の声色が自然と低くなる。


「マシロは、私の家族です。彼女がのびのびと歌い、笑って過ごせる環境を守ること。それが私の最優先事項です。だからこそ、私たちは今後も『個人勢』として活動を続けます。どこの事務所にも属さず、私たちのペースで皆様に音楽を届けていきます」


 私は画面の向こうにいる、スタプロの関係者たちに向けて告げるつもりで、きっぱりと言い放った。


「もし、この小さな平穏を不当な力で奪おうとする者が現れるなら――私は全力で戦います。法的な手段はもちろん、私が持つ全ての人脈と、そして今こうして見てくださっているファンの皆様の力を借りてでも」


 一瞬の静寂の後、コメント欄が爆発した。


『モンタナ先生かっけええええええ!!』

『一生ついていくわ』

『スタプロ聞いてるか? これが覚悟だ』

『私たちが守護る』

『スパチャで弁護士費用支援させてくれ!』

『【速報】スタプロの公式サイト、鯖落ち』


 画面が赤や虹色のスーパーチャットで埋め尽くされる。それは視聴者からの「承認」の証だった。

 私はふっと肩の力を抜き、いつもの少しぶっきらぼうな笑みを浮かべた。


「⋯⋯というわけで、湿っぽい話はここまでだ。マシロ、みんなに挨拶して」


「ん! ⋯⋯みなしゃん、マシロ、タナデといっしょに、うたうの、だいすき。これからも、きいてね!」


 マシロが満面の笑みで手を振ると、世界中が浄化されたような空気に包まれた。

 こうして私たちの「独立宣言」は、圧倒的な支持をもって受け入れられたのだった。



 ***



 配信から数日が過ぎた。

 スターライト・プロへの批判は凄まじく、ネット上での炎上のみならず、株価の下落やスポンサーの撤退など、実害レベルでダメージを受けているらしい。阿久津というスカウト部長は懲戒解雇されたという噂も流れてきた。


 もはや、彼らが再びマシロに手を出してくることはないだろう。完全に「触れてはいけない地雷」となったのだから。


 ようやく訪れた平穏。

 私はリビングでコーヒーを飲みながら、タブレットでSNSのトレンドをチェックしていた。


「ん⋯⋯? なんだこれ」


 トレンドの上位に、見慣れないハッシュタグが上がっていた。


 『#マシロちゃんに挑戦状』

 『#ワンダ・バウ』


 妙な予感がしてタグをタップすると、一つの切り抜き動画が出てきた。


 サムネイルには、犬耳(ゴールデンレトリバー風)を生やした、元気ハツラツといった印象の少女が指を突きつけている画像。

 

 彼女は『ワンダ・バウ』――業界二番手の大手V事務所『ライブ・フロンティア』のエースであり、チャンネル登録者数百万人を誇るトップVtuberだ。


 マシロとは違い、彼女は精巧なLive2Dアバターを使用している「バーチャル」な存在だが、その歌唱力とトークスキルは本物で、私も何度か動画を見たことがある。


 動画を再生するとハイテンションなBGMと共に、ワンダの声が響き渡った。


『わんわんおー! みんなの忠犬、ワンダ・バウだよー! 今日はねー、ちょっと言いたいことがあるの!』


 画面の中のワンダが机をバンバンと叩く(というモーションをする)。


『最近さー、なんか「猫」が流行ってるらしいじゃない? 路地裏の歌姫? 同接日本一? ⋯⋯聞き捨てならないわね! 動物枠のトップアイドルは、このワンダちゃんだって決まってるんだから!』


 あからさまなプロレス(演出)だ。

 だがその声には嫌味がなく、むしろカラッとした明るさがある。


『というわけで! マシロちゃん! 見てるー!? 私と勝負しなさい! 歌枠でコラボ対決よ! もし私が勝ったら⋯⋯マシロちゃんには、ウチの事務所『ライブ・フロンティア』に来てもらうわよ! 私の妹分になりなさい!』


 私は思わず吹き出した。

 

「⋯⋯馬鹿か、こいつは」


 スタプロがあれだけ炎上した直後に「ウチの事務所に来い」というネタをぶっ込んでくるとは。

 不謹慎スレスレだが、スタプロの陰湿な引き抜き騒動を笑い飛ばすような、豪快なエンターテインメントに昇華している。


 コメント欄も『wwww』『ワンダ、それ今の時期やべーぞw』『スタプロを煽っていくスタイル』『犬vs猫、頂上決戦キター!』と大盛りあがりだ。


 動画の最後で、ワンダはニカッと笑ってウィンクをした。


『もちろん、私が負けたら⋯⋯マシロちゃんの大好きな高級ツナ缶、一年分プレゼントするわ! 返事、待ってるからねー! わおーん!』


 動画が終わる。高級ツナ缶は以前の配信でマシロが話題に出したからそれを拾ったのだろう。

 気がつくと私の足元でマシロが不思議そうな顔をしてタブレットを覗き込んでいた。


「タナデ⋯⋯このわんちゃん、おこってる?」


「いや、怒ってないよ。遊ぼうって言ってるんだ」


「あそぶ? ⋯⋯マシロと?」


 マシロがぱちぱちと瞬きをする。

 私は顎に手を当てて考えた。


 スタプロのような強引な引き抜きではない。これは、Vtuber業界における「コラボレーション」の打診だ。


 相手は業界トップクラスのエンターテイナー。マシロにとっても、実力者との共演は大きな刺激になるだろう。それに何より⋯⋯。


(「外」の世界は敵ばかりじゃないと、マシロに教えるいい機会かもしれないな)


 スタプロの一件でマシロは少しだけ「知らない大人」を怖がるようになってしまった。

 だがワンダのような陽気な「ライバル」となら、楽しく交流できるかもしれない。


 それに私の中のプロデューサーとしての計算も働く。


 この「犬猫対決」は、間違いなく数字が取れる。

 マシロの実力を、同情や珍しさだけではなく、純粋なエンターテインメントとして世間に認めさせる絶好のチャンスだ。


「マシロ。このお姉さんと、歌で勝負してみないか?」


「うたで、しょうぶ⋯⋯?」


「そう。どっちがみんなを楽しくさせられるか、競争だ。⋯⋯勝ったら、ツナ缶がいっぱい貰えるぞ」


「つなかん!」


 マシロの目が輝いた。耳がピーンと立つ⋯⋯単純で助かる。


「やる! マシロ、うたう! わんちゃんに、まけない!」


「よし、いい返事だ」


 私はニヤリと笑うと早速自分のスマホを取り出した。

 ワンダ・バウの所属事務所『ライブ・フロンティア』の窓口へ、返信メールを打ち込む。


 件名は『挑戦状の件、受諾します』。


 本文には丁寧な挨拶と共に、一言だけ添えた。


『うちの猫は噛みつきますが、予防接種はお済みですか? ――タナデ(一ノ瀬奏)』


 送信ボタンを押す。これで「祭り」が決定した。

 企業による陰湿な引き抜きの次は、華やかなエンタメプロレスだ。

 

「マシロ、特訓だ。相手はプロだ、ナメてかかると痛い目を見るぞ」


「しゃー! マシロ、つよいもん!」


 小さな拳を突き上げるマシロを見て、私は久しぶりに心からワクワクしていた。

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