第14話:マシロの宝物
ふと、目が覚めた。
お布団の中が少し寒い。
いつも隣にあるはずの、大きな温かい塊――タナデがいない。
鼻をクンクンさせてみるけど、タナデの匂いが薄くなってる。
「⋯⋯んぅ?」
マシロは目をこすって、お布団から這い出した。
お部屋は真っ暗。でも、彼女の目は暗いところでもよく見える。
(タナデ、どこ?)
ペタ、ペタ、と素足で廊下を歩く。
リビングの奥――あの「重たいドア」の隙間から細い光が漏れていた。
あそこだ! タナデの「魔法のお部屋」。
マシロはドアを少しだけ開けて、そーと中を覗いた。
「⋯⋯あ」
タナデがいた。
でも、いつものタナデじゃなかった。
椅子の背もたれに深く沈み込んで両手で顔を覆って動かない。
タナデの周りだけ、空気がドヨーンと重たくて黒い。
なんだかとっても悲しい匂いがする。苦しい音が聞こえる気がする。
(タナデ、ないてる⋯⋯?)
マシロの耳が、ぺたんと伏せられた。
タナデが悲しいと、マシロの胸もギュッとして痛くなる。
どうしよう。どうしたら、タナデは笑ってくれる?
マシロが部屋の中を見渡すと、ゴミ箱から白い紙がいっぱい溢れていた。
タナデが丸めて捨てた、クシャクシャの紙ボール。
トコトコと近づいて、その一つを拾ってみた。
カサカサと音がする紙をそっと広げてみる。
白い紙の上に黒い点々がいっぱい書いてある。
マシロは字が読めないけど、これは知ってる。
これは「魔法の地図」だ。
タナデがピアノを弾くときに(見ないこともあるけど)これを見てる。この黒い点々が、あのキラキラした音になるんだってマシロは覚えてる。
(⋯⋯なんで、捨てちゃうの?)
前に見つけたときタナデは「それは使えないゴミだ」って言ってた。
でも、マシロには違う。
これはタナデの中から出てきた「魔法」の欠片、タナデが一生懸命作った大事なもの。だからマシロにとっても大切なものだ。
「⋯⋯もったいない」
マシロは小さな手でクシャクシャになった紙を一生懸命に伸ばした。
ギュッて握られたシワは、なかなか取れない。
手のひらで、アイロンみたいにスリスリして、元にもどってってお願いする。
――ねえ、魔法さん。消えないで。
タナデの音、マシロは大好きなの。
もう一枚、拾う。
これも伸ばす。
どれもこれも全部、タナデの匂いがした。
「⋯⋯できた!」
マシロはシワシワだけど平らになった紙を持って、タナデのそばに走っていった。
タナデはまだ、下を向いたまま動かない。
マシロのこと、気づいてないみたい。
マシロはぐぅーと背伸びをして、タナデの膝の上に、そっとその紙を置いた。
「⋯⋯?」
タナデがビクッとして、顔を上げた。
目が赤くて、すごく疲れた顔をしてる。
「マシロ⋯⋯? いつの間に⋯⋯どうしたんだ」
「これ」
マシロはタナデの膝に乗せた紙を、小さな指でトントンと叩いた。
「タナデ、捨ててた。⋯⋯でも、これ、痛い痛いなの」
クシャクシャにされて、紙さんが痛がってる。
魔法さんが、泣いてる。
「⋯⋯マシロ、それはゴミだ。失敗作なんだよ」
タナデが弱々しく笑って、紙をどかそうとした。
マシロはその大きな手を両手でギュッと掴んだ。
だめ! 捨てさせない!
「ちがう!」
「え⋯⋯」
「これ、すき!」
マシロは精一杯の大声で伝えた。
言葉はうまく出てこない。でも、ここにある気持ちを全部届けなきゃいけないと思った。
「タナデの音、すき。タナデの魔法、きれい。⋯⋯マシロ、これ、うたいたい!」
たとえタナデが「失敗」だと言っても。
タナデが生み出したものなら、それはマシロにとって、世界で一番きらきらした宝物なんだ。
タナデの太ももによじよじと登って、マシロはその胸に顔を埋めた。
タナデの心臓の音が聞こえる――トク、トク、トク、安心するいつもの音。
「⋯⋯タナデ、だいすき」
喉をゴロゴロと鳴らして、マシロはタナデにすり寄った。
ねえ、伝わって。
マシロがいるよ。
タナデの魔法を待ってる子が、ここにいるよ。
それは純粋な祈り――ただ、あなたを想っている人がここにいるという事実。
「マシロ⋯⋯」
タナデの手が、恐る恐るマシロの背中に回された。
温かい。
やっぱり、タナデの手は魔法使いの手だ。
マシロは安心して、また一つ大きく、ゴロゴロと喉を鳴らした。




