第13話:スランプの正体
その後、何回か配信を重ねていったが私の宣戦布告と「法的措置」という単語の威力はそれなりに効いたらしい。
あの啖呵を境にして、コメント欄からは汚い言葉が減り始め私がなにもしなくても、ネット民は総力を上げてアンチを叩き潰し、晒し上げる。
正直、やりすぎではないかと思うところがあれど残ったのはマシロを純粋に愛でるファンと私の過保護っぷりを面白がる視聴者たち。
ネットの民衆というのは恐ろしいほどに掌を返すのが早いから怖くもあるが、マシロは「奇跡の歌姫」として祭り上げられ、収益化審査も瞬く間に通過した。
通帳の記帳をして私は乾いた笑いを漏らした。
並んでいる数字の桁が売れていた天才作曲家時代の月収を、たった一週間で超えようとしている。
「⋯⋯チョロいもんだな、世間ってやつは」
リビングのソファでは、マシロが高級な猫缶を「んめ!」っと嬉しそうに食べている(興味本位で買ってみたところ大好物だったらしい、マシロの生態は謎である)。
彼女には数字の意味なんて分からない。ただ、ご飯が美味しくなったことと、私が少しだけ忙しそうにしていることしか知らない。
「にゃぁ〜! おいしい!」
「そりゃ良かった。⋯⋯稼ぎ頭様々だよ」
私は自嘲気味に呟き、空になった缶を片付けた。
生活の不安は消えた。
けれど、私の心の中には、別の焦燥感が生まれ始めていた。
* * *
その日の夜。
私はマシロを寝かしつけた後、防音室に籠もった。
PCのファンが回る低い音だけが響く空間。
目の前には真っ白な五線譜とDAWの画面。
「⋯⋯そろそろ、私も本気でやらなくちゃな」
これまでの歌枠配信では既存の曲のカバーで誤魔化してきた。
童謡、子供向けのアニメソング、簡単なJ-POPとマシロは何を歌わせても完璧にこなす。
その「再現性」の高さは天才的だ。
でも、それだけじゃ足りない。マシロという素材は誰かの借り物の服を着せていい器じゃない。
彼女のためだけの彼女の声質、音域、そしてあの無垢な感性に100%フィットする「オートクチュール」が必要だと私は確信していた。
マシロのオリジナル曲――公開すればファンも喜ぶし更なる反響を呼べるだろう。
それこそが一ノ瀬奏、落ちぶれた作曲家の私が彼女にしてやれる唯一のこと。
「よし」
私はキーボードに手を置いた。これは今に始まったことじゃない。実は作戦会議のときから書こうとして、でも上手く書けなくて後回しにしていたマシロの新曲。
頭の中には朧げながらもイメージがずっとあった。
雨の路地裏、その冷たさ、そこから拾い上げた温もり、そして純白の光――そう、物語はちゃんとある。後それを音にするだけなんだ。
ポロン、とピアノの音色を鳴らす。
「⋯⋯⋯⋯」
違う――すぐにバックスペースキーを押して、入力を消した。
もう一度。違うコード進行で。
ポロン、ジャーン。
「⋯⋯クソッ」
また消した。
浮かんでくるメロディが、どれもこれも「手垢のついた」ものに聞こえる。
どこかで聞いたような進行に売れ線を狙った安っぽいサビ。
かつて私が量産していた「消費されるためだけの音楽」の残骸。
手が止まる。
冷や汗が背中を伝う。
――視界が、歪んだ気がした。
『一ノ瀬くん、今回の曲もいいねぇ。売れるよ、これは』
『もっとキャッチーにできない? サビ頭で掴まないと、今のリスナーはすぐ飛ばすからさ』
『君の曲は、金になるな』
過去の記憶がフラッシュバックする。
スーツを着た大人たちの薄汚い笑顔。
彼らは私の音楽なんて聴いていなかった。見ていたのは、その向こうにある数字と金だけ。
――そして私がスランプに陥り、曲が書けなくなった途端⋯⋯。
『⋯⋯残念だけど君とはもう、終わりかな』
『期待してたんだけどねぇ』
『賞味期限切れか、以外に早かったね』
蜘蛛の子を散らすように、潮が引いていくように誰も残らなかった。
誰も私自身なんて見ていなかった。
一ノ瀬奏はただの「集金装置」で、ちょっと壊れたら捨てられるガラクタで、そんなことも分からずに、私は言われるがまま求められるがまま書き続けたのだ。
ガタガタと指先が震えだす。
(⋯⋯マシロを使って、私も同じことをしようとしているのか?)
稼げるから。
生活が楽になるから。
承認欲求が満たされるから。
私が今書こうとしている曲は、マシロのためのものか?
それとも、また「売れるため」の道具か?
「⋯⋯書けない」
旋律が浮かばないんじゃない。
音が、怖い。
一音でも間違えればマシロまで私の道連れにして、あの冷たい「消費社会」の闇に引きずり込んでしまう気がして。
「あああああくそッ!!!」
私は書きなぐったメモ用紙をむしり取り、力任せに丸めた。
ゴミ箱に投げつける。
カサッ、という乾いた音が、防音室の静寂を切り裂いた。
気づけばゴミ箱の中には、既に無数の紙屑が山になっている。
どれもこれも失敗作未満でしかない、今の私にはマシロに相応しい「魔法」を生み出すことなんてできない。
「⋯⋯ハハッ、元天才が聞いて呆れるな⋯⋯いや私に才能なんてなかったんだ」
私は椅子に深く沈み込み、両手で顔を覆った。
指の隙間から見えるモニターの光が、今の私にはあまりにも眩しすぎて直視することができなかった。




