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第11話:奏、ブチ切れる

 私の袖を握りしめ、震えるマシロ。

 涙を溜めた瞳で、それでも私を守ろうと画面の悪意に向かって小さな牙を剥く姿。


 その健気で痛々しい光景を見た瞬間――私の中で何かが「プツン」と切れる音がした。


 それは怒りではない。もっと冷たくて重い、ドス黒い何かだ。

 胃の奥からマグマのような感情がせり上がり、逆に頭の中は氷点下のように冷え切っていく。


(⋯⋯あぁ、そうか)


 私は理解した。

 この子を泣かせる奴は全員「敵」だ。

 この子を傷つける敵は、排除しなきゃいけない。徹底的に。


 私はマウスに手を伸ばし、流していたポップなBGMを停止した。


 ブツン。


 突然の無音――楽しげな音楽が消え、マイクが拾う「サーッ」というホワイトノイズだけが響く。


 コメント欄の勢いが異変を察知して一瞬だけ鈍ったように感じる。


 私は深く息を吸い、マイクに口を寄せた。

 努めて冷静に。けれど隠しきれない殺気を乗せて。


「――あー、コメント欄の皆さん。私はマシロの保護者ですが一つ言っておきます」


 地を這うような低い声が出た。

 隣でマシロがビクッとして私を見上げるが今の私は止まらない。


「私への誹謗中傷は構いません。好きに言えばいい。ところどころ事実の混じったものもあるしな」


 私はモニターに表示されているコメント――画面の向こうにいる数万人の「人間」を睨みつけた。


「でも、マシロを傷つける奴は別だ」


 言葉に熱が帯びる。

 理性というブレーキが壊れたダンプカーのように、暴走を始める。


「この子は、お前らが一生かかっても生み出せない『奇跡』なんだよ。その価値も分からないゴミクズ共が、安全圏から石を投げられると思うな」


 私は机をバンッ! と叩いた。

 マイクが音割れする。

 画面には映っていないが、私の目は血走っているだろう。


「特定しますよ? 全員」


 ハッタリだ。

 今の私にそんなことは到底できない。


「こっちは元プロだ。業界のコネも、裏のツテも、腐るほど持ってる」


 大嘘だ。

 スランプで業界から逃げ出した私に、そんなコネクションは残っていない。


「金? いくらでもある。過去の印税が唸るほど残ってるんでね。⋯⋯お前らを社会的に殺すための弁護士費用くらい、痛くも痒くもない」


 最大級の虚勢だ。


 通帳残高だって底を尽きかけているし、今は過去の印税でほそぼそと生きているだけ。あの日のツナマヨおにぎりだって最高のご馳走だった私には、弁護士どころかマシロを飢えさせないだけでも精一杯。


 でも、そんなことは関係ない。

 言ったもん勝ちだ。

 マシロを守るためなら私は大富豪にも裏社会のドンにもなってやる。


「ログは全部保存しました。プロバイダへの開示請求、名誉毀損による損害賠償、脅迫罪⋯⋯全部乗せのフルコースで法的措置、開始しますね。これからコメントを書く人は覚悟してください」


 ニッコリと笑う(声だけで)。

 その狂気じみた声音は、防音室の空気を凍りつかせた。


 『言っていることはまともだけど言い回しがモンペみたいで草』

 『ヒェッ⋯⋯』

 『ガチギレじゃん』

 『声こわ』

 『印税の使い道www』

 『これは本物のモンペ』

 『流れ変わったな』

 『ごめんなさい、君は何をされてる方なの?』 


 アンチコメントの勢いが止まった。

 

 「こいつ、なんかヤバい」という空気が伝染したのだ。

 失うものがない無敵の人(実際は失う金すらない人)の迫力は、半端な悪意を粉砕する。


 そして、その空白を埋めるように今度は味方が動き出した。


 『ママかっこいい!!』

 『よく言った!』

 『アンチ震えてて草』

 『マシロちゃんを守れ!』

 『全力で支援するわ』

 『アンチさんヒエヒエやん』

 『確かに怪物みたいに強いモンペだな素晴らしい』


 好意的なコメントがチャット欄を埋め尽くし、アンチのコメントを物理的に押し流していく。


 『SNSでもアンチいたからみんなで潰そうぜ』

 『収益化希望』

 『マシロちゃんは俺たちが守る』

 『スパチャしたい、訴訟費用の足しにしてくれ』

 『タナデ、信じてるぞ!』

 『アンチ覚悟しろよ~』


「⋯⋯ふぅ」


 私は大きく息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。

 心臓が早鐘を打っている。

 言ってしまった。もう後戻りはできない。


「⋯⋯たなで?」


 恐る恐る、マシロが私の膝に手を置いた。

 彼女は私の変化に戸惑っているようだったが、その瞳からは恐怖の色が消えていた。

 私が彼女のために怒ったことが、伝わったのだろうか。


「⋯⋯怖がらせてごめんな、マシロ」


 私は震える手で彼女の頭を撫でた。


「でも約束する。⋯⋯お前の敵は私が全員黙らせるから」


 それは私の「保護者」としての、そして「プロデューサー」としての覚悟の宣言だった。


 こうしてマシロの可愛さと私の(ハッタリと若干の狂気に満ちた)過保護な防衛戦により、私たちの配信スタイルは確立された。


 すなわち『世界一可愛い猫耳幼女と、それに近づく者を法で殴る狂犬飼い主』という、誰も予想しなかったコンビの誕生である。

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