8.老侍従アンソニーのつぶやき
一ヶ月に一度しか会えないなんて婚約者として間違っている。
そう、主張しだしたダリオンに老侍従アンソニーは、だから言っただろうと言いたげな顔をして夜会の案内を渡した。
大体、ロザリモンドとの婚約をごねた挙句、式を最大限に伸ばし、会う頻度すら極端に減らしたのはダリオン自身なのである。
それを棚に上げて何なんだと普通ならば憤慨するところである。しかし、ダリオンが生まれた時から側にいた老執事アンソニーにすれば、想定内であった。
幼い頃初顔合わせ時の不幸な事故により、ロザリモンドに会った記憶自体をすっかり失ってしまったダリオン。
しかし、ロザリモンドと出会ったダリオンは真っ赤な顔でじっと見つめたまま、微動だにしなかった。
だからこそ、ロザリモンドの魔力暴走という異変に誰よりも早く気づき駆けつけることが出来たのだ。結果として、大惨事やむを得ない状況で被害はダリオンのロザリモンドに関する記憶の混濁のみという最小の被害に留まったのだ。
その後何故か、ロザリモンドを避けるようになってしまったのは痛恨の極みだったが。
ロザリモンド嬢以外なら誰でも良いと言いながら、どの令嬢の顔も名前すら覚えなかったダリオン。ロザリモンド嬢と会えばどうせまた一目惚れするだろうと考えたのである。
ただ、大切な初回の顔合わせの時にアンソニーは腰を痛めてしまった。代わりに部屋を用意した侍従見習いがホコリまみれの控室に通したと聞いて肝を冷やしたものだ。
しかし、ロザリモンド嬢の度量の広さのお陰で見事顔合わせは済み、案の定ダリオン殿下の様子が目に見えて変わり始めた。
それも良い方向に。努力嫌いのダリオンが執務には真面目に取り組み始め、鍛錬まで。
しかも、気難しく厳しい指導で有名な元帥閣下と政略結婚についの話題で意気投合したという。何というミラクル。廃位すら話題に上がっていたダメ王子がである。
アンソニーは知っている。ダリオンが休憩中にこっそりとロザリモンド嬢の釣書を眺めているのを。
次のお茶会の日を指折り数える姿は恋する乙女そのものなのである。
それを恋というのだと教えてやりたいのは山々だが、ロザリモンドにコンプレックスのある殿下のこと、下手に言えば婚約破棄すると騒ぎ出しそうで面倒だ。
だから、本人が気付くまでそっとしておくことにしたのである。
それにしても、勧めておいてなんだがいきなり夜会など迷惑極まりない。
女性はドレスなど準備が必要だ。
婚約が決まった時点からロザリモンド嬢のサイズで数着用意してある。プレゼントさせる口実にぴったりだな。好々爺はにやりと笑った。
「一から作るのは時間がかかりますので、ロザリモンド様のおサイズで何点か作ってあります。どちらになさいますか?」
ずらりと並んだ色とりどりのドレス。全て基本のシンプルな形で作ってある。少しデザインを入れればすぐに使えるようにとの配慮である。
「若草色もミモザ色もローザによく似合っていた。」
思い出したのかダリオンの目がうっとりと潤む。恋する乙女かと突っ込みたい。ぐっと我慢して見守る。
「でも、他の色も似合うと思うんだよな。」
ダリオンが迷わず手に取ったドレス。案の定、自身の髪色と同じロイヤルレッドのドレスだった。
「これに手を加え薔薇の花のようなデザインに出来るか?ロザリモンドにはこの色が良く似合うだろうな。師匠が言っていた。婚約者には自分の色のドレスを送るべきと。」
師匠、元帥閣下か。政略結婚で結婚した奥方を溺愛しているので有名だもんな。意気投合した挙句、初めて送るドレスが自分の色。重い。
ダリオン殿下はアンソニーの想像以上に乙女だった。
後日、ロザリモンドの元へとドレスを届けに行ったアンソニーは彼女からポケットチーフとタイピンを渡された。
「私だけ殿下の色を纏うのはおこがましいので、殿下にも是非私の色をまとっていただきたいわ。」
にっこりと微笑むロザリモンド嬢は殿下が当日エスコートすることを全く信じていなかった。
だからこそ、自身の瞳の色の小物をダリオン殿下に身につけるよう要求する彼女の目の奥には自分だけが晒し者なんてごめんだわと言わんばかりに光っていたのだった。




