7.駄犬には呪文を
部屋の片隅でこじんまりとしたソファに肩を寄せ合いながらお茶を楽しむ。
ロマンチックだ。しかし、ダリオンは葛藤していた。ロザリモンドから薫る柔らかな花の薫り、時折触れ合う時に温かな体温、女性らしい柔らかさに口から心臓が飛び出しそうだった。
決して、ローザが好きなわけではない。ただ、ローザがくそ愛らしすぎるのがいけないだけだ。
社交界の淑女たちのようにきわどい格好をしているわけではない。
どちらかといえば清楚な格好。しかし、男とはそういう生き物なのだ。
密室にふたりきり、しかも政略とはいえ愛称で呼び合う程の仲の婚約者同士。自制が切れそうだ。侍女を置かなければならないと、この状況を作り出した当の本人が葛藤する中。
ロザリモンドとはといえば、このふたりきりの状況に別の意味で危機を覚えていた。ダリオンによる暗殺の危機だ。
毒でないとすると、呪術かしら?攻撃無効化のバリアを張り巡らせる。
しかし、ダリオンはただ熱心にこちらをじっと見つめるだけで、殺意は感じない。だったら。
「ダリオン、あーん。」
ロザリモンドはサーチ済みのお菓子を指でつまむとダリオンの口に放り込んだ。毒見って大切よね。
「え?」
ローザの白い指に包まれた菓子が口に。甘い。茶菓子がこんなに美味しいなんて……。
幸せって案外身近にあるんだとお菓子を嬉しそうに噛みしめるダリオンに一通りお菓子を食べさせて無事を確認したロザリモンドは彼に『針千本』の呪文をかけた。
もちろん、ダリオンがロザリモンドの命を脅かそうとしたらその瞬間に呪いが発動するように微調整する。
「ダリオン、他の女性とこんな事したらメッですわよ。約束を破ったらハリセンボンノーマス。」
ロザリモンドの恐ろしい考えなど知らぬダリオンは呪文の可愛らしい響きにすっかり骨抜きになっていた。
可愛い、可愛すぎる。俺のローザが可愛すぎて俺は死ねる。
しかし死ぬのなら、絶対に結婚してからだ。思う存分ローザを溺愛してから死にたい。
まだまだお互い知らない事が多すぎる。
絡みあう小指。ローザの潤んだ瞳、呪文を紡ぐ愛らしい唇にダリオンは婚約者としてどこまで許されるのかと不埒なことを考えながら意識を持っていかれたのだった。
気がつけば朝日が差し込む執務室で、ダリオンは以前から読むように言われながら埃をかぶっていた分厚い資料の数々を全て読破していた。
太陽が眩しい。鍛錬にでも行くか。私のか弱い婚約者をしっかり護れるくらいもっと鍛えねば。
ただ言っておくが、俺は決してローザの事が好きなわけではない。
婚約者としての義務にすぎんし、結婚したら、嫁を溺愛するのは男として当然の事だからな。
最近鍛錬でお世話になっている元帥もそう言っていたし間違いないだろう。
結婚まで二年か、長すぎるな。ダリオンは早速結婚を早めるべく根回しをはじめたのだった。
☆☆☆☆☆
また固まったわ。あの呪文には固まる効力などないというのに。
ロザリモンドは毒見を済ませたお菓子をダリオンを見ながら堪能することにした。
こちらを見たまま固まったように動かない切れ長の黄金の瞳。この前よりシャープさが増してより精悍になったその姿にお茶がすすむ。
なまじ整っているせいで、その姿は匠の手による彫像のようだ。
家に飾りたいほどだわ。
ダリオンたら固まってまで、この私を魅了する。なんて、なんて恐ろしいのかしら。
魔王との恋の鞘当なんて不毛な争いに参加せず、私に一筋になってくれれば良いのに……。
馥郁とした紅茶の薫りを楽しみながら、ロザリモンドは、サクサクのクッキーやスコーンを楽しんだ。
全てがロザリモンドの好みのものだ。ダリオンはやれば出来る子なのだ。駄犬だけど。
ロザリモンドは固まったダリオンを放置したまま家路に着いたのだった。




