6.駄犬ダリオン
今日は定例の顔合わせだ。執務も全て終わらせたし、ローザが好きだという菓子や紅茶も取り寄せた。
前回は埃っぽい物置きだったからな。すぐに逃げられてしまって、ローザとちゃんと話せなかった。
今日は俺専用の応接間だし、ピカピカに磨き上げたから文句はあるまい。
今回はゆっくり出来る環境を整えてやったぞ。さあ来いローザ。俺がお前の全てを知り尽くしてやる。
言っておくが、俺はローザが好きなわけではないからな。ただ、敵を知る絶好の機会を逃すわけにはいかないだけだからな。
早く来ないかな?ダリオンは落ち着かない様子で窓の外を眺めた。
馬車から降りるローザが見えた。明るいミモザ色のふんわりとしたエンパイアドレスが女神のようで胸を撃ち抜かれた。
クソ可愛い。天使か、天使なのか俺のローザは。きらきらと後光が差して見える。
彼女が、応接間までやってくるのが待ちきれないダリオンは唐突に気付いた。
俺は馬鹿だ。馬車まで迎えに行けば良かった。そうすればここまでエスコートして少し話しながら歩けたのではないかと。
すぐに迎えに行こうと立ち上がったダリオンの耳にノックの音が聞こえた。
「まあ、ダリオン。美味しそうですわね。」
テーブルを見て嬉しそうに笑うローザにダリオンは内心ガッツポーズをするが、気のない素振りで「ああ。」とだけ答えた。
別に俺はローザの事が好きなわけではないからな、と言い訳をするダリオンの瞳はキラキラとロザリモンドの一挙一動を追っているが、本人はそのことに気付いていない。
席を勧めることもなく、じっとロザリモンドを見つめたまま立ち尽くすダリオンに焦れた彼女はにこやかに笑いながら、片隅にあるソファを指差した。
「ダリオン、今日はそちらのソファでゆっくりお茶をしませんこと?」
そう、そのソファこそ『ツクヨミ』の映像の中でダリオンとコリンヌが2人でお茶を楽しむソファなのである。
すっかり『ツクヨミ』の物語のファンであるロザリモンドは聖地巡礼とばかりにソファに座りたかっったのだ。
とりあえず断りさえいれておけば、ぼんやりしている時のダリオンはなんとでもなるということを学習済みのロザリモンド。彼女はソファに向かおうとして、そっと手を取られた。
彼女をソファにエスコートしたのはダリオンだった。
えっ、なにこれ。カッコいい。ロザリモンドがそう思うのも無理はない。ダリオンは王族ということを差し引いても長身で男らし美貌の持ち主なのだ。その彼にさっとエスコートされれば、どんな女性でもイチコロになってしまうだろう。
「良い考えだね、ローザ。確かにこちらのほうがゆっくり話せそうだ。」
彼女の手にそっと触れながらダリオンは笑うと、自らテーブルの三段トレーをソファの側のサイドテーブルに運んだ。
そして紅茶をさっと手慣れた仕草で入れた。今までやらなかっただけで無駄に学習能力の高いダリオンは、完璧に紅茶をサーブしてみせた。
『ツクヨミ』の映像の中さえでもダリオンはコリンヌに紅茶を入れることはなかった。
推しのいれてくれた貴重なお茶だがロザリモンドは信用していなかった。
サーチ。心のなかでちいさく呟いて毒が入っていないかきちんと確認してから口に含んだ。
そう『ツクヨミ』の見せた未来は、今回のお茶会が催された時点で変わっている。
今までのダリオン殿下のロザリモンドに対する憎しみを考えれば毒を疑う彼女の警戒ぶりも致し方ないだろう。
安心してカップに口を付けたロザリモンド。華やかな薫りと渋みのないすっきりとした味わいが口に広がった。
「ローザ、美味しいか?」
ダリオンは侍女達に邪魔されずに2人だけのお茶会を楽しみたいその一心でお茶のいれ方を学んだのだ。
ロザリモンドの喜ぶ顔がみたい。
その笑顔と先ほどから連呼される愛称にキュン死に間近のロザリモンドはこころの中で鼻血を流しながら、淑女としての仮面を貼り付けた。
「とても美味しいわ、ダリオン。ダリオンのお茶が飲めるなんて幸せだわ。」
微笑むロザリモンドにすっかり有頂天のダリオンは、ロザリモンドが三段トレーのお菓子にも毒をいれられていないかサーチをかけていることに気付いていない。
彼はロザリモンドとの2回目のお茶会で野犬から駄犬へとジョブチェンジしたのだった。




