5.野犬にはお仕置きを
侍女のマリーをティーサロンに置いていって正解だったわね。
固まったダリオンを置いたまま部屋を出たロザリモンドは足取りも軽くマリーを回収し、馬車に乗り込んだ。
あんな椅子もない小汚い部屋に一時間も立たせるなんて、『ツクヨミ』の映像を見て対策していなければ、マリーが可哀想で帰らざるを得なかったわ。
ロザリモンドは『ツクヨミ』を見てからダリオン殿下との初顔合わせに備えて対策をしていた。
『ツクヨミ』の映像によれば、ダリオン殿下とロザリモンドが出会うチャンスはこの初顔合わせのみ。ダリオン殿下の策略により帰らざるを得なかったロザリモンドに次のチャンスはなかった。
ヒールの高い靴は諦めペタンコの靴を用意し、ドレスもコルセットの必要のないエンパイアスタイルのゆったりと流れるドレス。髪も苦しくないようにそのまま流した楽な格好で行ったのだ。
相手が無作法をすることを見越してでなければ決して出来ない装いだ。
それでも、近くで生ダリオン殿下を見たかったのだ。
☆☆☆☆☆
時は初顔合わせ前に遡る。
「ダリオン殿下のところには私1人で十分だわ。あなたは、こちらでゆっくり休んでいてね。」
王宮の誰でも入れるティーサロン。王都でも人気のそこは、侍女がプレイベートで来ようとすれば、高い倍率の抽選に当たらなければ入れないだろう。
「ロザリモンド様、私は何処へでもついてまいります。」
着いてこようとした侍女マリーを制したロザリモンドは、手をさっとあげた。
綺麗な硝子の器に美しくいちごが盛られた看板商品いちごのパルフェが運ばれてきた。
「マリー、今日はお誕生日でしょう。私からのプレゼントよ。ゆっくり食べていてね。」
こうして侍女をティーサロンに置いてきたロザリモンドは、覚悟を決めてダリオン殿下が指定した部屋へと向かったのだった。
執務室そばの物置部屋と化したその部屋は埃まみれだった。
「これは、映像以上の汚さね。マリーを連れてこなくて良かったわ。クリーン。」
さっと、その部屋を掃除する。
ごちゃごちゃしているが、綺麗になった部屋でロザリモンドは魔術書で学んだ呪文を反芻した。
そう、ロザリモンドは自分を断罪しようとした瞬間にダリオン殿下の身に発動する呪いをかけることにしたのだ。
自分の死後のダリオン殿下の所業はこの国を駄目にする。ならば断罪される自分の道連れにしても構わないだろう。
目的のためならば手段を選ばない。それがロザリモンドのモットーなのだ。
やはり、『針千本』の呪いが良いわね。約束を破ったら血反吐をはいてのたうち回るが良いわ。
これに、発動するまで呪いをかけている痕跡が残らないようにカスタムして。
待たされ続けた一時間。子供の児戯に過ぎなかった『針千本』の呪いは強力な呪いに進化していた。
カチャ
『ツキヨミ』のおかげで待たされる時間をも有意義に過ごしたロザリモンドは、入ってきたダリオン殿下ににっこりと微笑みかけた。
入ってきたダリオン殿下はなぜだかロザリモンドを見つめたまま硬直した。
彼女が既に怒って帰っていると思っていたのだろう。一時間も待ち続ける令嬢なんていない。
ロザリモンドは硬直するダリオン殿下をじっくり堪能することにした。
王家特有の黄金の瞳にロザリモンドは魔力暴走した幼い頃、ただ一人駆け寄ってきて『大丈夫だ』と励ましてくれた事を思い出す。
あの日から10年。少年から青年に変わったダリオン殿下の野性的なかっこよさにロザリモンドはため息が漏れそうになり、慌てて自己紹介をした。
完璧な礼だったのに。
めちゃくちゃ睨みつけられているわ。今にも人を噛み殺そうとする野犬みたいだわ。
「ダリオンだ。」
そんな殺気だった野犬のような瞳も地を這うような重低音の声も素敵……。恋は人を盲目にするものである。
ヤケクソになったロザリモンドはにこやかにダリオンと呼び捨てにすることにした。先に礼儀を欠いたのはダリオン殿下だ。
一方的な呼び捨てでは気を悪くするおそれがあるため、自分のことは愛称で呼んでほしいとも付け加えておく。
まあ、呼ばれることなどないだろうが。
「ローザ」
少し掠れた声で不意に愛称を呼ばれてドキッとした。こちらを睨みつけるように見つめながらも、その声はほんのり甘さを含んでいるなんて。
乙女心を翻弄するひどい人。
諦めて恋路を応援しようなんて私には絶対無理だわ。ロザリモンドの捨てたはずの恋心がシクシクと傷んだ。
私以外の女を親しく愛称で呼ばないで欲しい。ダリオン覚えておいて、女は嫉妬深いのよ。
ロザリモンドは『針千本』の呪いをかけた後、再び硬直した殿下を置いて部屋を出た。
『ツクヨミ』が教えてくれたこと。ダリオン殿下は、今はダメンズの極みそのものの最低クズ野郎だけど、コリンヌに対してだけは一途なイケメン。
好きになったら一直線の周りが見えない単純な男なのに……。
どうして『ツクヨミ』で未来を見る前の憧れていた時より、確実に不幸になることがわかってしまった今のほうが彼をより好きになってしまったのだろう?
ロザリモンドとて、この不毛な婚約を解消すべきということはわかっている。
なのに、ダリオン殿下を諦める気にだけはならなかった。




