30.言霊
ロザリモンドを腕に抱いたまま小さくなる二人を呆然と見つめるダリオンの姿に切なくなったロザリモンドは、慰めるように声をかける。
いつの間にか『針千本』は消えていた。
「ダリオン。あなたの気持ちはわかっていたわ。なのにこんなことになって悪かったわ。私の命はあげられないけど、代わりに一つだけなら願いを聞いてあげる。」
断罪ダメ、絶対。そこだけは強調しておかないと。
可哀想に、ダリオンは失恋したのだ。仕方ない平和的にこの婚約を解除してあげても良いか。ダリオンの最愛の人を奪った報いだ。
「ローザは俺のこの気持ちに気づいていたのか。」
辛そうな声でダリオンがつぶやく。
「ええ。婚約の件、強引に進めて悪かったわ、ダリオン。」
まあ、私が強引にもぎ取った時には、ダリオンから嫌われているなんて知らなかったんだけどね。まあ、細かいことは良いでしょう。
「俺のこと軽蔑しただろう。でも辛かった。いくら政略だとはいえあんなに一方的に。」
ダリオンの黄金の瞳からほろりと涙が零れ落ちる。
なんてきれいな涙なのかしら。ハンカチで拭いてさし上げてよ。別にお持ち帰りしようとか企んでないですが、何か?
改めて本人の口から政略結婚が辛かったなんて気持ちを聞くと辛いけど仕方ないわね。
「軽蔑なんてしないわ、ダリオン。私が悪かったのよ。」
さあ、どうぞ。どんと来い婚約破棄。だから断罪だけは勘弁してね。命あっての推し活だもの。
「ローザにとっての俺の価値は王族だけだった?」
違うわね。私の立場からすると王子に嫁ぐより気楽な立場の方が楽だわ。
仕方ないわ出血大サービスよ。失恋には失恋話が効くと思うわ。
「ダリオンは覚えていないと思うけど。昔、私が魔力暴走をした時助けてくれたのはダリオンただひとりだった。ダリオンは私の初恋だったのよ。」
墓場まで持っていこうと思っていた気持ちを話す。ずっと好きで好きで、でも振り向いて貰えなかった。こうしてふたりで話すのも今日で最後。
「そんなローザ。ごめん。君の気持ちに気付かず俺はずっと酷いことを。」
ロザリモンドをさらにぎゅうっと抱きしめて号泣するダリオン。
そうだよな所詮ダリオンなんて女心わかってくれていなかったよな、とやさぐれ気味のロザリモンド。
お互い失恋したのだ。
「これで痛み分けだわね。ダリオン」
ふふっと笑うダリオンに、断罪は免れたのよねっとロザリモンドは胸を撫で下ろした。
長かったお茶会を終えて帰ろうとするロザリモンドはまだダリオンが離そうとしないことに困っていた。
婚約も解消するのだし、さすがにこんなに抱き合うのはまずいだろうとロザリモンドが逃れようとするのだが。
「ダリオン、未婚の男女の距離感としては少し近すぎますわ……。」
離れろ、駄犬。私の初恋は終わったのだ。山奥に深い穴を掘って二度と蘇らないように埋めてこなければならない。
「ロザリモンド、私たちは同じ思いを持つ同志じゃないか。」
失恋の同志。嫌な響きだわ。
「まあね。」
「だから、もういいよね。お互いの同意の上で今から、婚約終了して……。」
同意の上なら断罪回避ね。ダリオンの後ろには針も殺意も見当たらない。
「ええダリオン。穏便にいきましょう。」
コクリとうなずくロザリモンドにダリオンが満面の笑顔で応じる。
「じゃあ、これにサインして。今すぐ婚姻しよう。」
ダリオンが婚姻契約書とペンを差し出す。
「はい?」
鳩が豆鉄砲を食らったようなロザリモンドに深く笑ったダリオンがオーブをかざしながらにやりと笑う。
「今ローザが言ったことって嘘じゃないよね。ちゃんとこのオーブに記録してるからね。お互いの気持ちがはっきりしたら、すぐにでも結婚しても良いと父王から許可は得ているんだ」
いつの間に。今の話は婚約破棄の話し合いだったはず。結婚の話なんて何一つしていないはずなのにいつの間に話がすり替わっていたの?
それに仮にも王族の結婚がそんなにすんなり契約書一つで成立なんて考えられない。
はくはくと言葉にならないロザリモンドにダリオンが囁く。
「ロザリモンド、君は俺がちゃんと見張っておかないと、魔王を召喚してしまったりするからね。そう言えばきっと誰もこの婚姻が多少早まろうと文句を言う人なんていないよ。」
ロザリモンドを見つめるダリオン。その後ろには大量の針が彼女を脅すように蠢いていた。
「ひいっ」
震える手でロザリモンドはサインを書いたのだった。




