28.降臨
目の前には召喚された魔王。ロザリモンドの前で片膝をつく姿も麗しい。
その光景を見たロザリモンドはハッとした。
よく考えればこれはやらかしてしまったのではないかしら。怒りに任せて魔王召喚なんて処刑一直線ではないだろうか。
それに、魔王はその尊大さからダリオンの次に好きなキャラだったのに、なんだか震えながらこちらを見ているわ。少し興醒めね。
ロザリモンドは手にした悪役令嬢御用達の扇子で魔王の顎を上げた。よく見ればさすがに綺麗な顔である。
『主よ。我には番が……』
なんという愚かな誤解を。それも私の推しダリオンの前で。バシッと扇子で魔王の頭を叩く。
「この私になんということを。西の国境に瘴気が上がってるわ。行って治めてらっしゃい。無事治めたら貴方に花嫁を差し上げてよ。」
すると『承知!』と言うやいなや魔王は飛び出していったのだった。
ふう、ロザリモンドは一息ついた。
よく考えれば、悪役令嬢ロザリモンドは普通の令嬢として生きていた。
それでも、魔王を目覚めさせたくらいの魔力があるのだ。
それを『ツクヨミ』を見たあとはかなり徹底して訓練をしたから、それ以上の力が出たのだ。
怒りで魔王召喚しちゃったけど、バレてないと良いなと後ろを向いたロザリモンドはそれが不可能であることを思い知る。
視線の先にはこちらを食い入るように見つめるダリオン殿下。そして、さっきと打って変わって熱の篭ったキラキラした瞳で魔王の去ったあとを見つめるコリンヌがいた。
彼らから目を背け、私は魔王なんて知らないし見てもいないわとすっとぼけて優雅に紅茶を嗜むロザリモンドであった。
魔王は小一時間ほどで、戻ってきた。
その間ソファでダリオンの膝に乗せられたロザリモンドはカオスな空間でお茶を嗜んでいた。
メイドのコリンヌはロザリモンドの視線の先にあるお菓子を次々にサーブしては、ダリオンがその菓子を解説しながらロザリモンドの口にあーんする。
さすがに厳選されたお菓子だけあってどれも紅茶に合うわ。
だけど、さすがにお腹がいっぱいね。どうしたのかしら、ダリオン。
今度は私のお腹を破裂死させる気なのかしら?
断りたいけど、推しからあーんされていただくお菓子は断れないのよ。いいところに帰ってきてくれたわね、魔王。
あやうく腹パンで死ぬところだったわ。
「ありがとう」
ロザリモンドはダリオンの膝の上から立ち上がろうとした。だが、どういうことだろう。
腰に回された腕が外れない。力が強すぎる、万力のようだ。
振り返ると微笑むダリオン。笑っているのよね、笑っているに違いないんだけど、何だろう狂気が見え隠れするような。いいえ、気のせいね。
見て見ぬふりを決め込んだロザリモンドはそのまま魔王に微笑みかけた。遠視すると西の国境に立ち込めていた瘴気が跡形もなく消えているのがわかる。
「さすが魔王ね。我が国の神官達が数年かけて束になっても敵わない瘴気を治めるのに小一時間とは。」
ロザリモンドの賛辞に魔王は腹をさすりながらご機嫌だ。
いや、先程までなら頑張れば勝てそうだったのに、なんということだろう。膨大な瘴気を処理したにもかかわらず魔王の身体には先ほどとは比べ物にならないくらいの魔力が満ちている。
これは、下手に戦えば負けるかもしれないわね。
『いや、朝飯前だったのでな。礼には及ばん。げふっ』
え?なんだか満腹で満足って顔してるわね。心なしか、出ていった時よりツヤツヤしてるし。
先程までの魔王は『ツクヨミ』で見た凄みを感じさせる影のある美貌だった。
しかし、今の彼はキラキラとオーラが輝いていて、実はこの人は瘴気を払うために神から使わされた天使なんですとロザリモンドが丸め込めばなんとか行けそうなくらいだ。
ロザリモンドは分析する。
先程の言葉は朝飯前みたいに簡単っていう意味じゃなく、瘴気は魔王のご飯だったということなのではないかしら。
もしかしたら、眠っている間に魔王の食糧が増幅してこちらに迷惑をかけていたということなのではないだろうか。
魔王封印後に増え続ける瘴気に悩まされてきた我が国の現状を思えば馬鹿らしくなる。
だが、ロザリモンドは深く考えるのをやめた。
当初の目的である供物コリンヌをお土産に満腹でご機嫌の魔王には退散いただくのだ。
断罪回避の為に魔王召喚の証拠はさっさと隠滅するに限るわ。
「では約束の供物、いえ花嫁を差し上げてよ。」
うっとりと魔王を熱い眼差しで見つめるコリンヌならきっと大丈夫だろう。
コリンヌちゃんさようなら。幸せにおなり。
さっさと退散いただこうと、コリンヌを差し出そうとしたその時。殺気立つダリオン。
「花嫁は絶対に渡さないからな。花嫁が欲しければ、俺を殺していけ。」
『ツクヨミ』のダリオンのセリフきたーっ!




