26.魔王
ダリオンは崩れ落ちるロザリモンドをさっと支えた。覗き込んだロザリモンドの瞳が虚ろだ。
「ローザ、どうした?」
ロザリモンドを抱えてパニックに陥るダリオンにさっとコリンヌが椅子を差し出した。
その瞳には『ツクヨミ』の時のような熱はない。冷静で淡々とした視線だ。
ロザリモンドはその対応に今のところ彼女には『ツクヨミ』の時のような恋情は見受けられないわねと分析しながら、今後の対策を考えていた。
ふたりが出会ってしまったからには、恋に堕ちるのは時間の問題だ。そうなる前に魔王を探し出すしかない。
だが、肝心の魔王は封印されてしまっていた。
そう、彼の封印が溶けるのはロザリモンドの断罪がきっかけなのだ。
断頭台で怒り狂ったロザリモンドが呪いながら死に、その膨大な魔力が魔王に施されていた封印を解除してしまうのだ。
これってどうしようもなく、詰んでいる状況じゃないかしら?
そもそも断罪を避けたいのに、断罪されないと魔王が目覚めないなんて前提条件がめちゃくちゃじゃない。
ロザリモンドは断罪を避けようと努力したのに、結局ふたりは出会ってしまったのだ。
それも本来の予定より早く、しかもふたりはもうひとつ屋根の下で暮らしている。
これが運命の強制力というものなのか。
そうであれば、魔王を見つけ出したとしても、何らかの強制力が働くと考えたほうが良いのかもしれない。
推しとしてのダリオンを見守りたい気持ちはつよい。けれど、健全な推し活には命と健康が大切なのだ。
それでなくとも最近ダリオンのせいで心臓が危険だと言うのに。
「駄目だわ。運命は変えられない。こうなったら、婚約を解除するより他はないわ。」
その瞬間ダリオンから負のオーラが漏れる。殺気を帯びた無数の針がこちらに針先を向けている。
「ローザ、今、なにか言ったのかな?ごめんね。良く聞こえなかったよ。」
満面の笑顔を浮かべたダリオンにガッシリと握られた手が離れない。どうしたのだろう圧がすごい。今まで感じたことのないような命の危機に直面する。
あの針ども、いつの間にダリオンに手なずけられていたのかしら。
大体断罪まで発動しないはずの『針千本』の呪いがなんで呪いをかけた私に牙を剥くというのかしら?
こうなったら、『解除』よ。
「解除」
「一体何を解除する気なのかな?ローザ?」
ダリオンの笑顔がより深まる。なのに、どうしてなのだろう。その笑顔にロザリモンドの背中をひたひたとした恐怖が迫ってくる。
迫り来る針三千本。
だいたい、なんで私がこんなに死に直面しているのにことの元凶である魔王がグースカ惰眠を貪っているのよ。
怒れる悪役令嬢の元に魔王よ、召喚せよ!
ロザリモンドの怒りと死への恐怖が引き金となって魔王の封印が解除される。
その時空から恐ろしい声が降りてきた。
『我が封印を解除したのはお前か?小娘。供物は何を寄越す?お前の魂如きでは足らんぞ。』
地を這うような恐ろしげな声。しかし、そんなもの、眼前の針三千本の恐ろしさの方が勝る。
ロザリモンドは本能のままに魔王を召喚する。彼女にとって何よりも自分の命が大事なのだ。
「我が元に召喚せよ、魔王。対価はそなたの花嫁。欲しければ今すぐここで跪け!」
バーン
烏の濡れ羽色の黒髪に血のように紅い瞳の美しき魔王がそこに佇んでいた。




