25.メイド
馬車から出てきたダリオンが宝物のように一人の少女を抱き上げる。
見つめる目がとびっきり甘い。
しかし、そんなダリオンの様子に気づいていないのが、当の少女ロザリモンドだ。
彼女は抱っこで移動なんてどうなんだろう?もしかするともう猫に変えられていたりとかして?と自分の手を見た。
大丈夫だ。肉球とかふわふわの毛皮とかないわ。ふふふ、ダリオンにはまだ私を猫に変える魔術はないようね。
私もまだできないから、良かったわ。絶対に負けたくないもの。
「綺麗な手だね。」
光に翳した彼女の手にダリオンがそっと唇を寄せた。
ひぃ、ダリオンったら。こんな技どこで覚えたのかしら?『ツクヨミ』でもしていなかったわよ。
ロザリモンドは動揺を見せたら噛まれるわと、なんとか平常心を保とうとした。
「ありがとう。」
その気のない微笑みに目の前の男がどれだけ翻弄されているのかわかっていないロザリモンド。
「今日はとびっきりのプレゼントがあるから楽しみにしていてね。」
「とびきりのプレゼントって何かしら?楽しみだわ。」
「それは、あとでのお楽しみだよ。」
お菓子かしら?ショコラが大好きだから、ショコラがあったら嬉しいわね。
ロザリモンドの眼前には三段トレーに所狭しと色とりどりのお菓子が並んでいた。
彼女がいままで行ったどんなお茶会よりも美味しそうなお菓子に瞳が輝く。
その時、ロザリモンドはふと前回と違うことに気づいた。メイドがいるではないか。
「あら?殿下珍しいですわね。今日はメイドがいますのね」
さすが王宮のメイドだけあってとても可愛い子ね、としげしげとメイドを見つめたロザリモンドは衝撃を受けた。
ピンクブロンドの髪、ピンクの瞳そのカラフルな色合い。見覚えがある。いや、それどころか、彼女はコリンヌではないか。
「ローザ、彼女がさっき言っていたとびっきりのプレゼントだよ。新しく入ったメイドのコリンヌだ。茶を入れるのがとても上手で気も利く。将来王太子妃付きとして働いてもらう予定なんだ。」
ダリオンの笑顔が辛い。そりゃあ、君にはとびっきりのプレゼントだろうよ。
ロザリモンドは軽く微笑んだまま、心の中で毒づいた。
「今は王宮のしきたりを覚えるために私付きとして働いてもらっているんだ。気に入ってくれると良いのだが。」
嬉しそうにロザリモンドに話しかけるダリオンの頭の中は結婚後の生活で頭がいっぱいだ。
完全に目が据わっているロザリモンドに気づきもしない。
ロザリモンドは自分の今までの努力が灰燼に帰したことでふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
今は自分付きで将来は王太子妃付きにですって?誰か嘘と言って。名前と顔は同じだけどアホーダ男爵と関係ないとか。一縷の希望を込めて聞く。
「その子は、もしかして例の。」
アホーダ男爵の隠し子かしら?と問おうとしたロザリモンドにかぶせるようにダリオンがうなずく。
「例のアホーダ男爵の隠し子で行く当てがないから雇ったんだ」
ちょうど良いだろうと、どこか誇らしげなダリオンに飛び蹴りを食らわせたくなったロザリモンドはなんとか堪えた。
だが。なんですって?私の頑張りは?これまでの努力は?断罪は?頭の中で怒りがぐるぐるとぐろを巻くのを感じた。
しかし、怒りを見せてはならない。微笑みを乗せた笑顔は能面のようだ。
「まあ。そうですの。」
「専用侍女もいるし、これでいつでも嫁いでこられるよ。結婚式の準備も手伝ってもらおう。」
『ツクヨミ』の映像よりかなり早くにどうしてコリンヌと出会っているの?
それに、信頼しているダリオン専用メイドだなんて、映像の状況より悪いじゃない。
もうすでにひとつ屋根の下に住んでいるじゃないの。
専用のメイドなんて。ロザリモンドの頭の中にはピンクの妄想が膨れ上がっていくのだった。
運命の強制力の恐ろしさを思い知ったロザリモンドはその場に崩れ落ちたのだった。




