18.緊急捜査網
ロザリモンドが戻らない。
無理やり自分をシガールームへと連れて行こうとするアホーダ男爵とやらを振り切り、ローザの帰りを待つダリオンはイライラしていた。
お手洗いに行ったロザリモンドがまだ戻らないのだ。
淑女の事情を詮索すべきでは無いとわかっているが、いくらなんでも遅すぎる。
あんなに愛らしいのだ、誰かにさらわれたのではないか不安がよぎる。
それに、普段であればお手洗いに常駐しているはずのメイドが見つからない。
その時、心配でウロウロするダリオンのところへ元帥ギレンが奥方を伴ってやってきた。これは溺愛の師匠たるギレンに相談するべき案件だ。
「ダリオン殿下、どうされたのですか?」
ダリオンのただならぬ様子に先程まで夫人にデレていたギレン険しい顔でが問う
「師匠、私のローザがまだ戻ってきていなくて。」
その言葉に破顔した夫人がにこやかにこたえた。
「それでしたら、私が様子を見てまいりましょう。」
軽やかにお手洗いに向かった夫人の悲鳴が聞こえた。顔を見合わせたギレンとダリオンは一斉にお手洗いへと向かう。
そこには開いた窓、窓の桟に引っかかった数本の髪と取っ手に結わえられた布があった。
「これは、俺がローザに贈ったドレスの裏地だ。」
短い期間しかなかったが、細部までこだわり、万一にでも針などの見落としがないように、隅々まで検品したのだ。
「攫われたのか。」
ドレスの裏地には紅で『犯人はアホーダ男爵、助け……』とあった。
『助け』の後にも文字があったが滲んで読めなくなっていた。
裏地を指が白くなるくらい強く握りしめたダリオンの顔色が悪い。
「可哀想にローザは過酷な状況に怯えながらも気丈にこれを書いたのだ。」
いまにも飛び出していきそうなダリオンをギレンが止めた。
「事が公になれば、ロザリモンド様は……。」
そう、スキャンダルは命取りだ。無事に帰ってきたとしても、ロザリモンドの名誉が損なわれては、令嬢としての死を意味する。
それならば、信用出来る数名の手練れで動いたほうが良い。
ダリオンは逡巡した。今までならは、友人である、宰相嫡男ウイリアム・ガランジと騎士団長嫡男レオナルド・バトラーに真っ先に相談しただろう。
しかし、それは危険だ。先ほどのロザリモンドへの態度を見れば彼らが彼女を排除したがっているのは火を見るより明らかだった。
今までだったら決して気付かなかっただろう。
だが、真面目に執務を行うようになったことで宰相ガランジの横暴を止めているのがロザリモンドの生家バルタイン公爵家であることがわかった。
だからこそ、両親がロザリモンドとの政略結婚を真っ先に望んだのだ。
彼らに任せれば、公になってロザリモンドとの婚約が破談になる可能性が高い。
「しかし私の配下は今、遠方へ出払っています。」
そう、元帥ギレンを煙たがったバトラー騎士団長がギレンの力を削ごうと、彼の部下たちを次々と遠方に遠征させているのは知っていた。
そしてバトラー騎士団長は武勇を誇るロザリモンドも煙たいのだ。荒くれ者の集団だった第16師団を彼女にけしかけたのもそのためだった。
ん?
「第16師団はどうだ?」
だが、今ロザリモンド救出に動かせる人員は彼らしかいない。それに彼らならばロザリモンドのスキャンダルも一切出ないだろう。
「あれは、ロザリモンド様の言うことしか聞きませんよ。」
やれるか?と目で問うギレンと荒くれ者の巣窟、第16師団へと向かったのだった。
第16師団の建物に着く。むさ苦しいところを想像していた、チリ一つなく整理整頓されていた。
機能的で実用的。無駄を一切省いたその本部に唯一飾ってあるのが、青い生地にダリオンの紋章が刺繍された団旗だった。
自分の紋章は特に難しく、手練の職人でもここまで繊細に刺繍出来るものはいなかった。
「これは」
隊員達がじろりとダリオンを睨みつけた。しかし、ダリオンの胸ポケットのチーフを見た隊長からポケットのチーフを見せるように言われた。
そのチーフを検分した隊長はダリオンに敬礼した。
「隊旗と共布のチーフを持つ貴方の言葉を信じましょう。ロザリモンド様から託されておりました。自分がいなくなったら、ダリオン殿下を助けるようにと。」
「全てはロザリモンド様の為に。」
その声に唱和するように全員が一斉に声を発する。
「「「全てはロザリモンド様の為に。」」」
静まり返った室内。ここはロザリモンドの信徒の巣窟なのか?だが、ロザリモンドのことならば負けはしない。ダリオンは肚に力を込めて口を開いた。
「ロザリモンドの危機だ。秘密裏に手を貸して欲しい。」
ロザリモンドへの熱を感じ取った隊員が呼応する。
「「「イエッサー」」」
ロザリモンド奪還作戦は幕を開けた。




