11.馬車
ダリオンは優雅な仕草でロザリモンドを馬車へとエスコートした。
今まで、めんどくさがって一度もエスコートせずにいたことが信じられないくらいスムーズなエスコート。
これはここ数日のダリオンの努力とマナー講師の過労の賜物である。
向かい合って座ったロザリモンドは夜会着姿のダリオンを堪能する。
中身はとっても残念な駄犬だとわかっているのに、この見た目。『ツクヨミ』で見た姿よりもグレードアップされている気がするわ。
漆黒のブラックのジャケットにロザリモンドの瞳と同じ色のチーフが色を添えている。アンソニーったら、良い仕事するわね。
腰痛が原因でそろそろ引退するんだけど。彼がいるうちはロザリモンドに嫌がらせはされない。彼は引き留めないとならないわね。
考え事をしながら、ダリオン殿下を景色のように眺めていたロザリモンドは、ダリオン殿下にドレスの御礼を言うのを忘れていたことに気がついた。
いけないわ、ちゃんとしなければ。
「ダリオン殿下、この度は素敵なドレスありがとう……。」
途中で遮るように手を握られた。ダリオンの黄金の瞳がロザリモンドを捉える。
「ローザ、俺達は婚約者。人前でも敬称は不要だ。ダリオンと呼んでくれ。あと、俺の方こそこんなに心のこもったプレゼントをありがとう。」
指差したのはチーフとタイピン。古いドレスをリメイクしたものだ。一切手を触れずに魔力コントロール練習の為に作った品々。
そんなに宝物のように触れないで、元ゴミ箱行きだから。縫い目とか微妙に歪んでいるのよ。
焦るロザリモンドは扇子を取り出しながら顔を隠す。ヤバいわ。単なる小物の一つとして忍ばせてってお願いしたのに。アンソニーったら裏切ったのかしら。
「ダリオン、そんなに見ないでくださいませ。拙い作品ですので、恥ずかしいわ。」
この駄犬め、刺繍の縫い目をなぞるんじゃない。歪みがばれるじゃないの。完璧令嬢のロザリモンドにとってその微々たる歪みが気になるのだ。
そう完璧令嬢ロザリモンドの手にかかれば、たとえ複雑な王家の紋章であれ朝飯前なのである。王宮で最も熟練の刺繍担当官の3倍の速さで細かく繊細な刺繍が出来るのだ。
微妙な歪みなど許せるわけがない。
ダリオンの長い指が縫い目の歪みの上をつうーっとなぞるとそこで止まる。何たる屈辱。
「ありがとう。こんなに素敵なサプライズは初めてだ。アンソニーが教えてくれないから気付かないところだった。」
アンソニー、疑って悪かったわ。やはりあなたは信用に足る侍従なのね。では、ダリオン自ら気づいたというのか、なぜ?
「今度、もっと素敵な作品をプレゼントいたしますわ。だから……。」
ダリオンお願いよ。それ、これ以上見ずに今日使ったら廃棄してくれないかしら。
「ローザ、嬉しい本当にありがとう。これは今日帰ったら、ローザが初めて俺のために作ってくれた大切な記念として大切に額装して飾るよ。」
詰んだわ。あれがこの私の作品として人目にさらされるなんて。でも待って。
『ツクヨミ』の映像では確かコリンヌが刺した拙い刺繍をダリオンが喜んで飾っていたっけ。
そう、完璧なものに囲まれて育った王族のダリオンにとって、たった一箇所の歪んだ糸目。それが彼の琴線に触れるなんて誰が想像できただろうか。
後で、こっそりすり替えよう。なんとか自分に納得させたロザリモンドはこの駄犬をお仕置きすることにした。
この駄犬、ほうっておくと危険だわ。これでは悪い女に騙されてしまうわ。『針千本』の呪いをかけておきましょう。彼に握られた手にもう片方の手を重ねると小指を絡める。
「ローザ。」
ダリオンの声が震える。怯えているのね、ダリオン。でも、私は止まらないわ。
主観ではあくどい笑みを浮かべたロザリモンドはダリオンに優しく語りかけた。
「ダリオン、ドレスを贈るのも、手製のプレゼントを貰うのも私だけですわよ。他の方にしたらメッですわよ。ハリセンボンノーマス。」
ダリオンは聖母のように微笑むロザリモンドからのご褒美に失神しかける己をなんとか鼓舞して意識を保ったのだった。




