第十七話 あやかしの都
朝餉をたいらげるとすぐに、みつと流花は那岐の住む離れに押しかけた。
清々しく晴れたいい朝だ。離れの周囲は雑木林になっており、鳥のさえずりが耳に心地良い。
立て付けが悪いのか、力いっぱい引いてもびくともしない玄関戸と代わる代わる格闘するが、まるで開く気配がない。
諦めて、みつが引き戸越しに声をかける。
「那岐様、おはようございます!」
一瞬間があり、留守かもしれないと二人が落胆したその時、勢いよく音を立てて目の前の戸が開いた。
「朝からうるせぇなァ。何の用だよ」
那岐は気だるそうに髪をかきあげながら、二人を見下ろしている。
長身で筋肉質な体つきのため、目の前に立たれると威圧感がある。そのあたりは磨徒とよく似ている。
「遊びに参りました。一緒におでかけしませんか?」
「はぁ? どこ行くんだよ。つーか三人でか? べつに俺はいらねぇだろ」
と、那岐は顔をしかめて流花に視線を送る。想定済みの反応だ。
流花はわずかにひるんで言葉につまるが、しかしここで引くわけにもいかないと心を決める。
「その……いろいろと本当にごめんなさい。嫌われてるの分かってるけど、今からでも仲良くなりたい……」
「クソ喰らえだ」
「あたしのこと嫌いでいいから、一緒に来てよ……あたしはナギのことちゃんと知って、好きになるから」
「何なんだよてめぇは。からかいに来たのか?」
那岐は大きく溜め息をつきながら、心底めんどくさそうに眉をひそめる。
先日攻撃を加えた自分のことを恐れているのかとも考えたが、まっすぐな眼差しに怯えの色は感じられない。
「私たち、那岐様と仲良くなりたいのです。遊びに参りましょう」
「いや、全く状況が読めねぇ。つーかてめぇ、外出できんのかよ? 人間の嫁は外に出さねぇしきたりがあるだろ」
「磨徒様からは、もし外に出たい時は家中の者に随伴してもらうよう言われております。一人でなければ外出できます」
「……そうかよ、そりゃ良かったな。他のヤツ誘ったらどうだ?」
と、那岐はあくまであしらう姿勢だ。
しかしみつは諦めず食い下がる。他でもない那岐と親睦を深めたいのだ。
「磨徒様から、いざという時のために金子を預かっております。美味しいものをたべましょう。何かご入り用でしたら、お買い物も」
「何だ、おごりか? 好きなモン買っていいのか?」
「はい! 楽しく遊びましょう!」
勘定はお任せくださいとみつが胸を叩けば、潤沢な財布がじゃらりと音を立てた。
「……まぁ、んじゃ行くか」
世の中、銭である。
那岐はたいした身支度もせずに玄関から出てくると、すぐさま戸を閉めて、ぼろぼろになった木戸の下部を三度爪先で蹴った。
まばゆい光の玉が木戸の四隅に散り、やがて空気に馴染むようにさらさらと消えていった。
「あ、これ風の術法? 戸締りの術があるんだ」
「簡単な結界だ。破れるのは磨徒くらいだな」
「だからあたしたちじゃ、開けられなかったんだね。すごい!」
流花が目を輝かせる。嵬族の使う術法は特別だ。格式高く、威力は絶大であり、効果は長持ちする。
他のあやかしとは比べ物にならない傑出した力を持つ一族なのだ。
混血であり妖力に恵まれていない那岐でも、周囲とは一線を画す実力を持っている。
嵬屋敷は山の奥地に構えられており、あやかし達が暮らす都に出るには、山を下る必要があった。
切り開かれた山道を進み、街道をしばらく行けば、賑やかな都の風景が広がる。
三人は一刻ほどで、都の中心部までたどり着いた。
身体中に目玉を持つ壁のようなあやかし、ぶよぶよとした軟体のあやかし、蝉の頭と人間の体を持つあやかし。人の形をしている者はごく少数であり、奇怪な容姿が次々と目に飛び込んでくる。
ヒトガタのあやかしは知能が高く、術法への適性も高いと言われており、嵬族や五家がそれにあたる。
特に那岐の額に刻まれた嵬族の紋様の効果は絶大であり、民たちはすれ違うたびに頭を下げ、中には膝を折りひれ伏す者もいた。
混血だからと石を投げるものはいない。たとえ内心そう思っていても、口に出せば命がないことは分かりきっているのだ。
「ナリマの串焼きだよぉ! 焼きたて! 買った買った!」
「洗濯屋でぇす! 洗い物はおまかせ!」
「ヤヌとウメの蜜水はいかがですかぁ?」
四方から呼び込みと商人の口上が飛び交い、往来を行き交う民も多いので、気を抜けば迷子になってしまいそうだ。
みつと流花は前を歩く那岐の着物を掴んで、はぐれぬように歩いていく。
「ねぇねぇ! さっきの、ヤヌとウメの蜜水飲みたい!」
流花が後方を指差し立ち止まると、みつも手を合わせてふわりと笑顔を見せる。
「どんなお味なのでしょう? お二人は飲まれたことがありますか?」
「どうせクソ甘ぇんだろ。飲みたきゃ二人で飲め」
「甘いけどおいしいよ! ナギは甘いの苦手なら、向こうのお店で串焼き売ってるよ」
「んじゃ俺は串焼きにするか。各々好きなもん買って、そこの木の下に集合な」
みつと流花は聞き分けよく返事をすると、手を繋いで蜜水を求めに走る。
いつの間にこうも仲を深めたのかと那岐は首をひねりながら、派手なのぼりの立つ串焼き屋を目指すのだった。
「わあぁ……! はじめて飲むお味です! 甘くておいしい!」
「でしょ!? いくらでも飲めちゃうー!」
水路脇の並木の下。
湯呑みに入った蜜水を傾けながら、みつと流花はきゃっきゃと笑顔を交わしている。
ヤヌは桃色の甘酸っぱい果実で、あやかしの都で広く栽培されている。蜜水には刻んだヤヌの果肉が入っており、のどごしも良い。
梅は幕府との交易により入ってきたもので、蜜漬けにして食されるのが一般的である。
那岐の方はというと、両手の指に無数の串をはさみ、無言でかじりついている。
「ナギ、おいしい? のどかわいたら、蜜水分けてあげるね」
「いらねーよ。肉だけでいい」
流花の申し出を一瞥もせず一蹴すると、那岐は最後の一串にかぶりつく。
一串につき肉塊が五つほど連なっているが、那岐は一口でそれらを飲み込んでいく。豪快である。
あらかた飲食を終えた頃、みつは、周囲のあやかし達が足を止めて何やら囁きあっていることに気付く。
ここにたどり着くまでに、こちらを振り返り好奇の目を向けてくる者は少なくなかったが、人だかりができる程ではなかったし、特に気にもとめていなかった。
ところが、今の状況は異常だ。
「人間だ……よくもまあ表を歩けるな」
「人間たちは、あやかしの都をバクフの領地にしたいんだって。嫌になるねぇ」
「嵬族に嫁いだ女は、バクフの間者だって聞くぜ」
尾ひれのついた噂話。心ない侮蔑。聞こえてくるのは、あやかし達に深く根付いた偏見と差別を直に感じさせる言葉だった。
基本的に嵬族に嫁いだ人間は都まで下りてこないため、物珍しさで集まった野次馬たちだ。
うずまく悪意と肌で感じる蔑視に、みつは身がすくむ。
見かねた那岐と流花がみつを庇うように彼女の前に立ったその瞬間。
周囲を囲むあやかし達が、一斉に地に頭をこすりつけ、平伏した。
姿を現したのは磨徒だ。
両脇を固めるのは蛇羅と亞荼。
野次馬を睥睨し歩む姿は威厳に満ちており、種をたばね、頂に立つ者の風格を備えていた。




