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第十三話 これからのこと

「まず現在浸透しているあやかしの間での慣習や価値観のほとんどは、嵬族三代目当主猟我(りょうが)が作ったものです。嵬族当主が側室としてあやかしの女を迎えはじめたのもこの時からで、人間蔑視の気風を根付かせたのも猟我だと言われています」


 磨徒の説明に、朔夜は首をひねる。


「三代目が政治基盤を作ったとまとめてある書物は、嵬族の書庫に多くあるよね。なぜ初代や二代目が作った世からかけ離れたものになっていったのだろうか?」


「三代目は、政治基盤を作ったのではなく壊したと思っています。猟我は妖力を何よりの価値基準としており、力を持たぬ人間に激しい嫌悪を抱いていた。密接な繋がりがあった幕府とは距離を置き、一部関係者を除いて、あやかしの都への人間の出入りを禁じました」


「……なるほど、まさに現在の状態だね。けれど、そのあたりの顛末を書いた書物を書庫でみた覚えがないな」


 朔夜は勉強熱心で読書家である。

 書庫の蔵書は多岐に渡り膨大な数になるが、史書のたぐいはあらかた目を通したと記憶している。


「二代目以前の功績を記した文書は、あやかし側ではほぼ全て焼かれております。存在しない歴史になっている。二代目に支えた忠臣の一人が、一部の重要文書を持ち出し信頼できる人間に託しており、初代や二代目について記された書物で現存するものは幕府筋の人間が保管しております」


「なんと……それも初めて知った。磨徒はどうやってそのことを知ったんだい?」


「幕府からの使者である、遠国奉行(おんごくぶぎょう)の友人からいくつか書物を見せてもらいました。二代目の世までは間違いなく、人間とあやかしの間に垣根はなかった。共存できていたのです」


 遠国奉行とは、江戸から離れた天領(幕府直轄地)の政務を執り行う役職である。

 あやかしの領地を天領として取り扱うかどうかは非常に繊細な問題であり、そもそも内務ではない、外務であると主張する勢力も多いため、いまだに幕臣の間で議論が分かれるところである。

 

「その書物を読んでみたいな。君の手元にあるのかい?」


「はい。友人から譲り受け、屋敷にて保管してあります。今度お持ちしましょう」


「ありがとう……そうか、初代は共生の理念を形にしておられたのだね。磨徒はその時代を取り戻そうとしているのかな」


「その通りです。過去のやり方に倣い、幕府との関わりを密にし、民の意識を変えていく。私が作って参ります、共存と調和の世を」


 磨徒が傍らのみつに微笑みかけ、その背を優しく撫でる。


「まずは我ら夫婦が模範となります。人間とあやかしは手をとりあって生きていくことができると、世に示すのです。なぁみつ。力を貸してくれるな?」


「もちろんでございます。あやかしも人間も、生まれてきた命は等しく尊いものです。私は、あやかしの皆様ともっと仲良くなりたいのです。種族ではなく、生まれではなく、心で向き合いたい」


 ふわりと笑みをもらすみつに対して、磨徒は愛おしそうに目を細める。

 

 話に耳を傾けながら、みつは決意を新たにしていた。

 己の置かれた立場がどれほど重いものなのか、はじめて自覚したのだ。

 嫁いだ動機である月鬼への想いは、いまだ胸の奥で燃え続けている。

 けれど、もはやそれがすべてではなくなってきている。

 目の前に座す磨徒や那岐、そして堕嵬の民の心の内に触れれば、いやが応でも現実に向き合わなければならない。いや、向き合いたくなったのだ。


「……信じても裏切られるのが世の常だぜ。あやかしなんざ、ろくでもねぇやつばっかりだ。仲良くなんてできるわけがねぇ」 

  

 一連の話を聞いてもなお、那岐は納得しきれない様子で仏頂面を見せている。

 周囲からの悪意と無関心に、生きる望みを断たれたのは一度や二度ではない。そうそう考えを改めることなどできないのだ。


「那岐の机の上にあった紙束には確か、鬼と人間の交流を描いた噺が書かれていた。あれは──」


「っはああああ!? んだよてめぇ!! 読みやがったのか!? 勝手に見てんじゃねーよ!!」


 那岐は顔を真っ赤にして身を乗り出す。動転しているのが一目で分かる。


「すまない。だが心暖まる内容だった。心根の優しい者でないと書けないだろう。あれには那岐自身の願いも込められているんじゃないか?」


 那岐は声にならない声で唸りながら、がしがしと頭をかきむしる。羞恥に悶えて消え入りそうだ。

 みつもまた、にこにこと微笑ましく視線を向けてくるため、部屋を飛び出したい衝動に駆られる。

 しかし、何かしら言及しなければ勝手な想像で話を膨らませかねない。意を決して那岐は口を開いた。


「噺っうのは、現し世ではありえねぇことを書いてもいいもんだろ。なんつーか、思ったんだよ。作りばなしの中でくらい、あやかしと人間が仲良くなってもいいんじゃねぇかって」


「素敵です、その通りだと思います! お噺の中では何が起こってもいい。いえ、起こり得ないことを書いてこそ面白くなると思っています!」


 みつが目を輝かせながら、那岐に熱い視線を送る。

 満たされない日々を救うのは、己の身近にない世界を描いた物語だったりする。

 みつもまた、現実から目をそらすために本の中に逃げ込んだ者の一人である。

 ゆえに那岐の部屋に入った時、思ったのだ。自分に近しい部分を持っているのではないかと。


「……んだよ。人間の世にはあんのか? あやかしと人間の絆を描いたような噺が」


「ええと……たぶんないです。私もいろいろな噺を読んできましたが、基本的に人間側では、あやかしや物の怪を悪として書くことが多いですからね」


「んじゃ、こっちと変わらねぇな。こっちも悪逆非道な人間を打ちのめす勧善懲悪ばっかだからよ」


「でも、おはなしの持つ力は大きいです。那岐様が書かれたような、心暖まる交流の物語を世に出していくことで、読んだ方々の視野が広がると思います」


「そりゃそうだが、そういうモンを手掛ける書き手がいねぇんだよ。広まりようがねぇだろうが」


 那岐はお手上げだとため息をつく。

 あやかしの世でも人間の世でも、求められているのは相手を悪とし、懲らしめる構図。

 世の流れに逆らったものは、そうそう売れることはない。やはり版元も、売れるものを欲している。だからこそ、そういったものが世に出にくいのだ。


「よし、ではこうしよう」


 ポンと大きく膝を叩き、磨徒が頷きながら口を開く。


「那岐が書き手になるといい。お前が書いたものを本にして、草紙屋に置いてもらう」 


「……はぁ? 何言ってんだてめぇ、俺が書いたものなんざ、素人のお遊びだ。売れるかよ」


「少なくとも俺は面白いと思ったし、これからお前が書く噺も読んでみたい。那岐は、生きづらさや抱えてきた葛藤を、書くことで紛らわせてきたのだろう。それを職にすることで、生きたいと思う理由ができたら嬉しい」


「……生きる、理由……」


 相変わらず那岐は仏頂面だが、少なからず磨徒の言葉は響いている。

 

 那岐はこれまで漠然と生きてきた。

 母を亡くしてから生きていく意味なんてなくなったし、べつにいつ命を失っても構わないと思っていた。

 兄のように政務に励むわけでもなく、ただ家で本を読み、手慰みに噺を書いてみたりしながら、無限に思える時間を潰すだけの日々。

 嵬屋敷に支える者達は一様に眉をひそめ、役立たずの穀潰しと陰口を叩いた。

 そんな自分でも、持てるのだろうか。生きる理由を。


「那岐、君が書くことに興味関心を示していたとは知らなかった。私は悪くない提案だと思うが、嫌だったらこの堕嵬の集落で生きる選択をしてくれて構わない。ゆっくり考えてみなさい」


 朔夜が優しく那岐の背に掌を置く。ぽんぽんと二度励ますように叩けば、那岐は静かに頷いてみせた。


「……一晩くれ。考えてみる」


 磨徒とみつは、顔をほころばせて喜びあった。


「ああ、ゆっくり考えてくれ。また朝に、結論を聞かせてほしい」


「おう、分かった」


「伯父上、那岐、長く話に付き合ってくれてありがとう。夜も遅い、今宵はこれにて失礼致します」


 磨徒とみつが深々と頭を下げると、朔夜も同様に、丁寧な所作で頭を垂れる。

 那岐だけは、伸びをしながら大口を開けてあくびをしていた。

 

 長い話し合いは一旦終幕を迎えた。それぞれの想いが交錯しながら、夜は更けていく。

 堕嵬の集落の夜は、結界により濁り、月も見えない。はるか遠くで、詛獣の遠吠えがこだました。

 

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