野良猫、下水道、そして激突する稲妻
重々しく、律動的な音が止んだ。
ズシン……ズシン……ズシン……
天を突くような二つのゴシック建築に挟まれた狭い路地の入り口で、黄金と漆黒が混じり合った砂の渦がゆっくりと旋回していた。虚空から凝縮されるように、それは確かな実体へと形を変えていく。
砂粒が結合し、威厳ある黄金の鎧、風もないのにはためく影の外套、そして闇を虚ろに見つめるファラオの仮面を形成した。
**イモータル(不死者)**の降臨だ。
彼はしばし佇み、仮面の奥にある魔力センサーで新たな環境をスキャンした。この路地は、外に広がる「るつぼ街」の華やかさとは対極にある場所だった。
臭う。湿ったゴミ、淀んだ汚水、そして腐敗した絶望の臭気。苔むした煉瓦の壁からは汚れた水が滴り落ち、頭上の狭い隙間からかろうじて差し込む双子の月の光を受けて、鈍く光っていた。
「はぁ……隠れ家にはおあつらえ向きだな」
閉ざされた空間に、彼の低い声が反響した。
鋭く分析的なその視線が、路地の奥にある濃密な影を射抜く。砕けた木箱の山と溢れかえったゴミ箱のそばで、微かな動きがあった。
その人影は彼に背を向け、何かを庇うように身を屈めて座り込んでいた。
それは一匹の――いや、一人の――猫型亜人だった。
引き締まった肉体はしなやかだが濃密だ。本来なら純白であるはずの体毛は今や薄汚れ、路上の泥と廃油で固まってくすんでいる。
穴だらけの薄汚れた茶色のローブを纏っている――というより、ただ引っ掛けているだけで、その下の裸体を辛うじて隠していた。ふさふさとした長い尻尾が落ち着きなく動き、警戒するようなリズムで路地の汚れた床を左右に掃いている。
粗野で素早い咀嚼音が響く。食事中だ。獣のような飢えに任せ、貪るように食らっている。
イモータルは小首をかしげた。仮面の奥で輝く紫色の瞳が細められ、視覚をズームインさせる。
その手には、レストランのゴミ箱から盗んだか拾ったかしたであろう、古びたパンの残骸があった。だが、イモータルの注意を引いたのはパンではない。その手だ。
薄汚れた白毛の下で、腕と背中の筋肉が恐ろしいほどの鮮明さで収縮と弛緩を繰り返している。筋繊維の一本一本が鋼鉄のケーブルを撚り合わせたかのようで、高密度かつ爆発的。浮浪者のような見た目の生物には、あまりにも不釣り合いだった。
「ふむ……」イモータルは冷ややかな好奇心をそそられ、呟いた。「あの筋肉はどこで手に入れた? 残飯漁りの食生活でつくような代物じゃないぞ」
背中に突き刺さる視線を感じたのか、あるいは路地の気流の乱れを察知したのか。猫の亜人は凍りついた。咀嚼が止まる。
頭上のふさふさした三角耳がピクリと震え、レーダーのように背後へと回転した。
ゆっくりと、彼が振り返る。
その目。黄金色、あるいは琥珀色の瞳。路地の入り口にそびえ立つ黄金のファラオを捉えた瞬間、縦に割れた瞳孔が鋭く収縮した。
そこに恐怖はない。あるのは野生の警戒心のみ。追い詰められながらも、近づく者の喉笛をいつでも食い破る準備ができている、純粋な獣の本能だ。
手の中のパン屑が、哀れな音を立てて湿った地面に落ちた。
「シィーッ……」イモータルは籠手をはめた片手を上げ、なだめるような仕草を見せた。「他意はないんだ、ただ――」
『シャアアアアアッ!』
猫が鋭く、威嚇に満ちた声を上げて牙を剥き出しにした。首筋の毛が逆立つ。
そして瞬きする間もなく、彼は動いた。
ただの疾走ではない。それは速度の爆発だった。
ザッ!
猫はその場から弾丸のように飛び出し、渦巻く砂埃を残した。
イモータルの背後にある出口へ向かったのではない。壁に向かって走ったのだ。
重力に逆らうような身軽さで垂直の壁を駆け上がり、レンガの隙間に爪を食い込ませると、路地の中央にある重厚な鉄のマンホールへと跳躍した。
50キロはある鉄の蓋を、まるで紙屑か何かのように片手で持ち上げ、その下の暗闇へと滑り込む。
ガーン!
蓋が元の位置に落下し、侵入経路を閉ざした。
イモータルは仮面の裏で瞬きした。「おい! 待て!」
踏み出そうとして、足を止める。あの穴は、彼の巨大な鎧姿には小さすぎた。
「ああ、面倒くさい」彼はぼやいた。「どうしてこの世の面白い連中は、どいつもこいつも狭い穴に入りたがるんだ?」
選択肢はない。彼の強固な肉体が振動し始める。輪郭がブレる。黄金の鎧も、影の外套も、その下の肉体さえも、きらめく無数の黒金の砂粒へと崩れ落ちていった。
ザザザザ……
砂の流れは汚れた路地を滑り、マンホールの通気口の隙間から染み込むようにして、こぼれた砂時計のごとく地下の闇へと滴り落ちていった。
地下世界は、悪臭漂う湿った迷宮だった。
都市の下水道は、陰鬱な技術の驚異と言えた。広大なアーチ状のレンガトンネルが四方八方に伸び、激しい勢いで汚水が流れている。
一定のリズムで響く水滴の音――ポタ、ポタ、ポタ――だけが、ぬめる壁に反響する唯一の音楽だった。
水路脇の狭いコンクリート足場で、黒い砂の山が再集結し、渦を巻いて上昇すると、再びイモータルの巨体を形成した。
瞳と胸のクリスタルから放たれる紫光が、この常闇における唯一の光源となる。
左を見る。誰もいない。右を見る。誰もいない。
「ふむ……まあいい」湿った通路に声が奇妙に響く。「さて、あの猫はどこへ行った?」
彼は一瞬目を閉じ、強化された知覚を拡大させた。臭いは追わない――ここでは異臭が混ざりすぎている――探すのはエネルギーの痕跡だ。
そして、見つけた。
遠く、右手の真っ暗な通路の先。そこに微かなオゾンの残留があった。焦げた空気の匂い。そして、幽かな静電気の火花。
イモータルは目を開けた。視えた。黄色い雷の軌跡が、薄く空気中に明滅している。とてつもなく速い何かが移動した残像だ。
「ほう……面白い」仮面の下で薄く笑う。「電気猫か? そいつは新しいな」
膝を軽く曲げる。足元の黒い砂が回転し、推進力を生む。
ドォォォン!
発進。走るのではない、飛ぶのだ。彼は自らの体を弾き出し、戦術ミサイルのごとく下水道内を疾走させた。
濁った汚水の数インチ上を浮遊し、黒金のオーラを纏って闇を切り裂いていく。
入り組んだ通路を猛スピードで抜け、湿った煉瓦壁をかすめるほどの鋭い精度で曲がる。その風圧が水路に波を立てた。
背後に残る黒金の軌跡は、まるで地下の夜空を駆ける彗星の尾のようだ。
奥へ進むほど、雷の痕跡は濃くなる。そしてついに、捉えた。
前方約100メートル。白い影が疾走している。猫は今や四つん這いで駆け抜け、そのあまりの速さに白い残像と化していた。
全身に小さな黄色い電弧が踊り、ストロボのように前方の道を照らし出している。
その猫――ストームクロウは背後を振り返った。追ってくる黄金の飛翔体を目にし、琥珀色の目を見開く。
バチバチッ!
体の稲妻がより一層激しくスパークした。加速。もはや走りではない。彼はジグザグの光線となり、壁から床、天井へと跳弾のように反射しながら進んでいく。
「ヒャッハー! 逃げるなよ!」イモータルは場違いなほど楽しげに叫んだ。「どこのプロテインを飲んでるのか聞きたいだけだ!」
迷宮のような通路で、二つの影が交錯する。左へ、右へ、上へ、下へ。
猫は天性の敏捷性を活かして不可能な機動を繰り出し、障害となるパイプを飛び越え、鉄柵の下を滑り抜ける。
対するイモータルは、純粋な力で突き進む。パイプを肩で粉砕し、鉄柵を衝撃波で吹き飛ばしながら。
そしてついに、通路が途絶えた。
二人が飛び込んだのは、広大な空間だった。「中央貯水槽」。都市のあらゆる下水が集まり、海へと送られる場所だ。
巨大な円筒形の空間で、天井は遥か上方の闇に消え、下には深く渦巻く汚水のプールが広がっている。コンクリートの橋と巨大な支柱が空中で交差していた。
猫は中央のコンクリート橋に着地し、荒い息を吐いた。体の電気が乱暴に明滅している。追い詰められた。目の前には、奈落へと落ちる汚水の滝があるだけだ。
その瞬間、イモータルは好機を見た。
減速しない。転移だ。
ヒュンッ
瞬きする間に、彼は猫の真後ろに出現した。ストームクロウが反応するより早く、イモータルは襲いかかり、巨大な黄金の腕で小柄な猫の体をきつくベアハグで締め上げた。
「捕まえた!」勝ち誇った声。
だが、ストームクロウの反射神経は、イモータルがこれまで対峙したあらゆる存在――あのカエリスさえも凌駕していた。
迷いなく、思考も介さず、猫は上半身をわずかに捻る。凝縮された眩い雷エネルギーを纏った肘が、後方へと放たれた。
バチィィィン!!
肘鉄が、イモータルの仮面の顔面を直撃する。
衝撃は凄まじかった。イモータルの首が激しくのけぞる。仮面の金属が軋んだ。神経を駆け巡る電撃のショックで拘束が緩み、彼はたたらを踏んで後退した。
それだけで十分だった。
目にも止まらぬ超高速の動きで、ストームクロウは拘束を脱した。逃げない。彼は空中で回転し、完璧な360度ターンを決めた。
握りしめた右拳は、荒れ狂う雷球に包まれている。
「死ねぇ!」猫が嘶く(あるいは、そう聞こえる唸り声を上げた)。
ドゴォォォン!
拳がイモータルの腹部、黄金の胸当ての中央に突き刺さる。
狂気的な威力だ。単なる物理攻撃ではない。数百万ボルトの電流で増幅された運動エネルギーの塊。
イモータルの呼吸が止まる。鎧が凹む。
吹き飛ばされた。弾丸のような速度で後方へ弾かれ、足がコンクリートの橋を削って溝を作り、やがて宙へと舞う。
広大な空間を横切り、対岸にある巨大なコンクリート支柱へと激突する。
ズガアアアアン!
支柱に亀裂が走った。イモータルの背中がコンクリートを粉砕し、人型のクレーターを穿つ。粉塵と瓦礫が下の水面へと降り注いだ。
「うぐっ……」残った足場に膝をつき、耳鳴りのする頭と煙を上げる腹を押さえる。「おぉ……今の、マジで痛ぇぞ」
顔を上げる。そして、目を見開いた。
猫は息つく暇さえ与えない。ストームクロウは既に空中にいた。跳躍の最高点、イモータルの真上だ。
完璧な流線型を描く姿勢。両手を組み、頭上で真っ直ぐに構えている。全身が一本の槍のようだ。
周囲には黄色い雷嵐が荒れ狂い、彼を「落雷」そのものへと変えていた。
急降下。
イモータルは防御しようとはしなかった。その攻撃の物理的威力を理解していたからだ。
フッ
転移。激突のコンマ数秒前、黒煙の中に姿を消す。
ズドオオオオオオオオン!!
ストームクロウの一撃が、先ほどまでイモータルがいた場所を直撃した。コンクリートの足場は破壊されたのではない、蒸発したのだ。
電気と破片の爆風が四方へ飛び散り、支柱を完全に崩壊させる。車ほどもあるコンクリート塊が、巨大な水音を立てて下の汚水へと落下した。
数メートル離れた宙に浮かぶイモータルは、少しヒビの入った仮面の奥で小さく口笛を吹いた。
「オホホホ……危ない危ない」感嘆と警戒の入り混じった声。「この子猫ちゃん、いい爪を持ってるな」
ストームクロウは対岸の垂直な壁に着地し、爪をコンクリートに突き立てた。逆立った毛から電気が弾ける。
燃え盛るような瞳でイモータルを睨みつける。言葉もなく壁を蹴り、再び跳弾のように突っ込んできた。
「上等だ」イモータルは拳を握った。拳の周囲で黒金の砂が回転を始める。「ダンスと行こうか」
イモータルが動く。
口を開けた汚水の奈落の上、空中で二人は激突した。
轟く雷光と、黒金の砂嵐がぶつかり合う。
ドガァァァァン!
拳の衝突が生んだ衝撃波が下水道中の照明ガラスを粉砕し、彼ら自身の力の火花だけが照らす薄暗闇へと世界を突き落とした。
戦いは純粋な運動エネルギーの混沌だった。デヴォンがかつて読んだアメコミの描写が、残酷な現実となって展開される。
一撃ごとに両者が吹き飛ぶ。ストームクロウがイモータルの顔面を殴り飛ばし、天井のアーチ壁へと叩きつける。体はコンクリートを削りながら滑り、火花の雨を降らせた。
イモータルも反撃する。空中でストームクロウの脚を捕らえ、回転し、下へと叩き落とす。
猫は落下したが、空中で体を捻り、雷の竜巻を作り出して落下を制御すると、その勢いを利用して死の独楽のように舞い戻ってくる。
イモータルも引かない。竜巻を突き破って突進し、黄金の鎧で電撃の斬撃を受け止める。そして猫の首を掴んだ。
「落ちろッ!」
ストームクロウを汚水に向けて投げつける。二人は絡み合ったまま、終端速度で水面へと激突した。
バシャアアアアン!
20メートルもの汚水の柱が吹き上がる。
水中でも戦いは続いた。濁った深淵で黄色と紫の光が明滅する。ストームクロウの雷熱で、周囲の水が沸騰し始めた。
突然、二人が水面を爆破して飛び出した。今度はストームクロウがイモータルの腰に抱きつき、怪力で黄金のファラオを空へ押し上げている。
飛翔。イモータルを押し上げ続け、一つ目の連絡橋に激突して粉砕し、さらにもう一つの橋へ。
ガシャーン! ガシャーン! ガシャーン!
音速で下水道のコンクリート壁に背中を打ち付けられる。背骨が悲鳴を上げるのを感じた(胸のクリスタルが即座に修復する前の話だが)。
この猫に容赦という文字はない。自分より遥かに巨大な獲物を殺そうとする猛獣の戦い方だ。
だが、イモータルに殺意はない。彼はただ笑っていた。顔に降りかかる瓦礫に埋もれながら。
「強いな!」瓦礫の轟音の中でイモータルが叫ぶ。「だが、重さが足りん!」
形勢逆転。彼はストームクロウの肩を掴み、浮遊能力で空中の勢いを無理やり殺した。そして頭を大きく後ろに引き――
ゴツッ!
猫の額に頭突きを見舞った。
ストームクロウがよろめき、拘束が解ける。無事な足場へと落下し、四つ足で着地。コンクリートを爪で削り、深い溝を残しながら後方へ滑った。
イモータルはその目の前にふわりと着地した。ずぶ濡れの影の外套から汚水が滴っているが、そのオーラは依然として威厳に満ちている。
ストームクロウは肩で息をし、鼻から血を滴らせ、片目は腫れ上がっていた。だが、諦めてはいない。
体の電気が激しさを増し、黄色から眩い白色へと変質していく。静電気を帯びた唸り声を上げた。
イモータルは両拳を構えた。黒い砂が急速に旋回し、巨大なガントレットを形成する。
「来い」イモータルが挑発した。
ストームクロウが弾け飛ぶ。イモータルが駆ける。
狭いコンクリート橋の中央、互いが接近するにつれ、世界がスローモーションになる。ストームクロウの白雷の拳が、イモータルの顔面へと一直線に伸びる。イモータルの黒砂の拳が、ストームクロウの顔面へと一直線に迫る。
中間地点で二つの力が交錯し、エネルギーが絶叫した。
――フリーズ・フレーム。




