ほうきと苛立つ悪魔、そして死の海の温もり
監獄二日目
場所: 鉱物輸送船甲板
時刻: 午前09:00(ノクターナス標準時)
天候: 厚い雲、骨身に染みる海風
《モノリス》周辺の海域が、真の意味で「生きている」ことは決してない。鉛色の海水はドロリと粘り気を帯び、油膜が浮き、重苦しく陰鬱な音を立てて鋼鉄の船体に打ち付けている。ここは《死の波の海》――魚ですらその水面を泳ぐことを忌避する海域だ。
広大で埃っぽい鉱物輸送船の甲板で、ある「異常事態」が発生していた。
ストームクロー。素手でコンクリート壁を粉砕し、雷を喚ぶ白き猫の獣人が、藁のほうきを握りしめているのだ。
「……」
彼は掃いていた。その動きはリズミカルで無駄がなく、そして驚くほど……所帯じみていた。甲板を覆う鉱石の黒い粉塵が、軍隊並みの精密さで掃き清められていく。逞しい腕の白い体毛が炭の粉で少し汚れているが、無理やり袖を引きちぎられたオレンジ色の囚人服とは妙なコントラストを描いていた。
今朝の強制労働任務:『甲板清掃』である。
そこから少し離れた場所、鎖で固定された貨物にもたれかかり、モルガナが立っていた。この粗野な労働環境にはあまりにも不釣り合いな女悪魔だ。異国情緒あふれる薄紫色の肌が陰鬱な光の下で艶めき、完璧に磨かれた湾曲した角、そして背後では先端の尖った尻尾が苛ただしげに揺れている。
彼女の紫の瞳が、ストームクローの背中を睨みつけている。彼女は下唇を噛みしめ、その美しい顔には隠しきれないフラストレーションが滲んでいた。
(なぜ……?)モルガナの心中が悲鳴を上げた。(私の魅了魔法が効かないなんて! 第3階梯の《欲望の囁き(ウィスパー・オブ・デザイア)》を使ったのよ!? 今頃ひざまずいて私の靴を舐めているはずなのに!)
モルガナは第20ブロックにおける支配の達人だ。愚鈍なオーガや血に飢えたオークの思考を操るなど、彼女にとっては瞬きするようなものだった。だが、この巨大な猫は? ストームクローはまるで毛皮で覆われた石壁だ。その眼差しはあまりにも……純粋すぎる。あまりにも真っ直ぐすぎるのだ。
そして何より腹立たしいのは、ストームクローの首にある拘束用の首輪だ。
モルガナは小さなリモコンを握りしめ、再びボタンを押した。
カチッ。
ストームクローの首輪のランプが赤く点滅した。本来なら数千ボルトの電流が囚人の体を駆け巡り、激痛に痙攣させるはずだ。だが、ストームクローは? 彼は掃く手すら止めなかった。雷を属性とする彼にとって、首輪からの電撃など首のマッサージ程度でしかなかったのだ。
「この……ポンコツ猫が」モルガナは低い声で毒づいた。
突如、巨大な波が船体を打ち据え、船が激しく揺れた。甲板が左に大きく傾く。
「きゃあっ!」
モルガナはバランスを崩した。滑りやすい鉱物の粉塵に足を取られる。慌てて何か掴もうと手を伸ばすが、指先は空を切るだけだった。
しかし、彼女は倒れなかった。
ズザアアアッ!
静電気のような音が響き、突風がモルガナの顔を打った。世界が一瞬だけブレて見えた。
視界が戻った時、彼女は自分が再び立っていることに気づいた。元の場所ではない。メインマストの近くだ。そしてさらに驚くべきことに……
「え?」
モルガナは自分の体を見下ろした。
もうリモコンは持っていない。その手には、無骨なシュロのほうきが握らされていた。それだけではない。頭には白い三角巾(一体どこから出したのか)、腰には薄汚れたエプロンがきっちりと巻かれ、囚人服を覆っている。まるで即席の清掃員だ。
「な、なにを……」
横を見ると、ストームクローがすでにそこに立っており、真剣な顔で彼女を見ていた。その鋭い琥珀色の瞳は、心底からの無邪気さを放っている。
「協力だ」ストームクローは重低音の声で言った。「ほうきは一本より二本の方が早い。船が揺れている。早く終わらせれば、座って休める」
モルガナは開いた口が塞がらなかった。この獣の速度……動く姿すら見えなかった。船が揺れた瞬きの間に、彼は彼女を受け止め、着替えさせ、掃除道具まで持たせたというのか?
「あ、あなたね……」モルガナは言葉を詰まらせ、紫色の顔を恥辱と驚愕で赤らめた。「私を家政婦扱いする気!? 私はモルガナよ! 第20ブロックの《操りの女王》なのよ!?」
「そっちは任せた」ストームクローはモルガナの肩書きなど意に介さず、隅に積もった埃を指差した。「滑るから気をつけろ」
そしてモルガナがほうきを彼の顔に投げつけるよりも早く、ストームクローは再び疾走した。
ヒュンッ! ヒュンッ!
彼はもはや掃いていなかった。彼は台風そのものだった。白い影が甲板中をジグザグに駆け巡り、巻き起こした旋風が粉塵をそのまま海へと吹き飛ばしていく。数分のうちに、漆黒だった甲板はピカピカに磨き上げられていた。
モルガナはほうきを持ったまま立ち尽くし、荒々しく鼻を鳴らすことしかできなかった。
「ふん。見せびらかしちゃって」彼女は呟いたが、その声には認めたくない感嘆の色が混じっていた。「あのスピードがあれば……こんな監獄、いつでも脱出できるはずじゃない。なんでまだここに残って、ままごと遊びをしているのよ?」
「おーい! バカ猫ー!」
聞き覚えのある甲高い叫び声が、波音を切り裂いた。
デッキ下のハッチから、少女が一人駆け出してきた。イカリンだ。《堕天使》である。
その姿は……悲惨だった。いつもは美しいプラチナブロンドの髪はボサボサで、黒い粉まみれになっている。整った顔立ちはオイルの染みと鉱石の粉で汚れ、まるで煙突から出てきたアライグマのようだ。丈の短い囚人服は汚れ、背中の翼はいつも以上に萎れているように見えた。
彼女は両手に缶ジュースを握りしめて走ってくる。
「はぁ……はぁ……猫! 持ってきてやったわよ……うわぁあああっ!」
不運という名のカルマが彼女を襲った。イカリンの足が、甲板を這う太いケーブルに引っかかる。体が前へ投げ出され、手からボトルが離れた。顔面が硬い鋼鉄の床に激突する――。
(終わった)イカリンは目を閉じた。
タプッ。
硬い衝撃は訪れなかった。
イカリンは、力強く温かい腕が腰に回され、床からわずか数センチのところで支えられているのを感じた。雨とオゾンの香りが鼻腔を満たす。
彼女は片目を開けた。
目の前にはストームクローの顔があり、無表情だが……どこか優しい瞳で彼女を見下ろしていた。
「前を見て歩け、天使」ストームクローは静かに注意した。
彼はイカリンの体を起こした。彼の右手――そこには大きくて少しザラついたピンク色の肉球がある――が持ち上がった。
ストームクローは慎重な動きで、その親指(もちろんふっくらとした肉球付きだ)を使い、イカリンの頬についた黒いオイルの汚れを拭った。肉球の感触は猫の舌のようにザラリとしていたが、同時に柔らかく、温かかった。
イカリンは凍りついた。青白い肌と黒い汚れとは対照的に、顔が真っ赤に染まる。心臓が胸から飛び出しそうなほど高鳴っていた。
「き、き、気安く私の顔に触らないでよ!」イカリンはどもりながら言ったが、その手を振り払うことはしなかった。「私は軍団長なのよ! あんたの手、汚いし!」
「お前の方が汚れている」ストームクローは正直に答え、汚れが落ちたのを確認して手を引いた。「機関室の任務か?」
イカリンは鼻を鳴らし、赤らんだ顔を背けた。「そうよ! あいつら、私に石炭を炉へくべる作業をさせたの! 翼があるのに! これは種族差別よ!」
ストームクローは何も答えず、落ちていた二本の缶ジュース――奇跡的に割れていない――を拾い上げ、一本をイカリンに手渡した。
「行くぞ」短く言うと、ストームクローは船の手すり(ラッタル)の方へ歩き出し、広がる陰鬱な海を見つめた。
イカリンはその広い背中を少しの間見つめた。「へぇ……かっこつけちゃって。相変わらず無口な猫ね」
だが、その唇には小さな笑みが浮かんでいた。彼女は小走りでストームクローを追いかけ、船縁で彼の隣に立った。
遠くから、モルガナはその光景を見ていた。ストームクローが缶ジュースを開けてやった時、イカリンが小さく笑うのを。二人の間に流れる安らぎ――どんな操作魔法をもってしても作り出せない、真の繋がりを。
モルガナはエプロンと馬鹿げた三角巾を乱暴に外し、床に投げ捨てた。
「ケッ」彼女は不機嫌そうに舌打ちした。「反吐が出る光景ね。ここは地獄の監獄だってのに、まるで埠頭で初デートしてるカップルみたいじゃない」
胸の奥がチクリと痛んだ。恋ではない。嫉妬だ。誘惑の悪魔である自分が、あのような純粋な関心を得られないことへの嫉妬だ。
「知ったことか」モルガナは愚痴をこぼし、足音荒くその場を去っていった。「もっと操りやすいカモを探した方がマシよ」
再び、船縁へ。
海風が強まり、冷たい潮飛沫を運んでくる。イカリンは安っぽいライム味のエナジーソーダを飲みながら、暗い水平線を見つめた。
「はぁ……生き返るぅ」イカリンはため息をつき、隣で静かに飲んでいるストームクローを横目で見た。「ねえ、猫。知ってる? さっき機関室で、ゴブリンが私の翼に触ろうとしたのよ。指をへし折ってやろうかと思ったけど、監督官が来ちゃってさ」
ストームクローは少しだけ振り向いた。「よかったな」
「『よかった』だけ? 『イカリン、大丈夫だったか?』とか『そいつの名前は? ぶっ飛ばしてやる』とか聞かないわけ?」イカリンは頬を膨らませた。「ほんっと、鈍感なんだから」
「お前は強い」ストームクローは淡々と言った。「自分の身くらい守れるだろう」
イカリンは黙り込んだ。その遠回しな称賛に、彼女はまた頬を赤らめた。「ま、まぁね……当然よ! 私は天使なんだから!」
再び静寂が二人の間に降りた。だが今度は、気まずい沈黙ではない。ただ波と風の音だけがあった。
しかし、気温が急激に下がった。遠くの嵐が、肌を刺すような冷気を送ってきているのだ。短く切った薄手の囚人服しか着ていないイカリンは、その影響を感じ始めていた。
彼女は自分の体を抱き、露出した二の腕をさすった。歯がカチカチと小さく鳴り始める。
「うぅ……なんで急に寒くなるわけ? 最悪な海ね」彼女は身震いしながら愚痴った。
イカリンはストームクローを横目で見た。この獣人は全く平気な様子だ。分厚い白毛は異常気象に対する完璧な断熱材なのだ。彼はまるで温かい氷山のように、どっしりと立っている。
イカリンは少しだけ近づいた。もう少しだけ。
「ねえ、猫」彼女は囁いた。「あんた……寒くないの?」
「ない」と、ストームクロー。
「ふーん。よかったわね。こっちは凍えそうなのに」
ストームクローは動かない。上着を貸すことも(持っていないからだが)、抱きしめることもしない。ただ黙っている。
イカリンは苛立ち交じりに鼻を鳴らした。(この鈍感猫!)
ついに、寒さと密かな願望に背中を押され、イカリンはプライドを捨てた。彼女はストームクローの横にぴったりと体を寄せた。最初はためらいがちに、そして柔らかい毛に覆われた彼の逞しい腕に、頭と肩を預けた。
温かい。
まるで生きている暖炉に寄りかかっているようだ。ストームクローの体温が薄い服を通して伝わり、骨の髄まで染みた冷えを追い払っていく。
ストームクローは、イカリンの体重が自分にかかるのを感じて少し強張った。彼は視線を落とし、堕天使が目を閉じ、その温もりを吸収して安らいでいる顔を見た。
彼は離れることも、突き飛ばすこともできた。だが、そうしなかった。
ゆっくりと……彼女を驚かせないよう、ストームクローのふさふさとした長い尻尾が動いた。その尻尾はイカリンの細い腰に優しく、しかし守るように巻き付いた。まるで追加のシートベルト――あるいは、余分な毛布のように。
イカリンは薄目を開け、白い尻尾が腰に巻き付いているのを見た。口元が自然と緩み、微笑みがこぼれる。
「あんた、すっごく居心地いいわね、猫」イカリンは小さく呟き、ストームクローの肩に顔をうずめた。「動かないで。少しこのままでいさせて」
「ん」ストームクローは短く唸り、再び嵐の海を見つめた。
死の海と残酷な世界の中、異質な二つの存在――野獣と追放された天使――は寄り添い立ち、終わりのない灰色の空の下で互いの温もりを分かち合っていた。




