如月一族 BEFORE1
2016年冬。
僕は、都内某所の会員制ラウンジで、
妙に整えられた出会いパーティーに参加していた。
最近、臨時収入があった事で、少し気が大きくなっていた僕は、
新調したヒューゴ•ボスのソフトツイードのアンコンジャケット他、些か金の掛かった身なりで参加していた。まあリーバイスの501はご愛嬌という事で。
参加資格はやけに限定的で、
①医師
②弁護士
③官僚・大学教員
④商社
⑤GAFA
⑥外資系金融
⑦パイロット
という、いかにも“親が安心しそうな”並びだった。
実際の人数は男女それぞれ6名ほど。
対面式で、3人ずつが一つのテーブルに座る。
照明は柔らかいが、
全員が互いを値踏みしている空気は、
やけに明るい。
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プロフィールカードには
・出身大学(東大、早慶、その他)
・職業
・年収
・趣味
・身長
・体重
妙に細かい。
市場のスペック表のようだ。
隣に座る七三分けの男は、
几帳面にカードを書き込んでいる。
覗き見ると、
早稲田出身
企業内弁護士
とあった。
なるほど。
大手企業のリーガル部門だろう。
清潔感はあるが、
“守る側”の匂いがする。
僕は軽く頷き、自分のカードを埋めた。
出身校:
その他(広島の国立)
職業:
パイロット
年収:750万円
趣味:
漫画、空手
身長:182cm
体重:78kg
着痩せする体型だ。
ネイビーのアンコンジャケットのせいで細身に見えるが、曲げた時の腕の太さと
首の太さだけは隠せない。
射撃で鍛えた僧帽筋と、
ローター振動に耐えた体幹は、
無意識に姿勢を整える。
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向かいに座った女性は、
ショートヘアが似合うコケティシュなタイプで、
グレーのツイードの2ピースに赤いセーターを着ていたが、
まるでその胸の大きさを誤魔化すかのように、ブライトリングの大振りな時計を、セーターの上から巻いていた。
早稲田政経学部卒。
外資系証券勤務。
“資本を回す側”。
指先が静かにワイングラスを持つ。
だが、視線は速い。
その深田サンという僕と同じ年の女性はまず、
僕の肩と首を見た。
次に手。
そして、目。
──測っている。
僕も同じことをしていた。
この場は恋愛市場ではない。
審査場だ。
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「パイロットって、自衛隊ですか?それとも民間?」
彼女が、軽く微笑みながら聞いた。
空気が一瞬だけ締まる。
僕はオーガニックワインを一口飲み、
ほんの少しだけ間を置いた。
「どちらでもない。海保でヘリコプターです。」
彼女の目が、
一瞬だけ興味を強めた。
彼女――深田サンは、
僕の返答を咀嚼するように、ゆっくりと頷いた。
「ヘリ、ですか。」
その声は柔らかい。
だが、質問の角度が変わった。
「救助? それとも警備?」
普通のパーティーで、
そんな切り分け方はしない。
僕は微笑んだ。
「両方、ですね。」
正確には、どちらでもあるし、
どちらでもない。
だが彼女は、それ以上追わなかった。
代わりに、カードを裏返す。
「何故、海保に?」
——来た。
僕はワインを置いた。
「曽祖父が海保のスタートメンバーなんです。
それに自衛官と違って、国土交通省の外局なんで、定年まで普通に居られる。」
⸻
隣の企業内弁護士が、
場を和ませようと笑う。
「パイロットってモテるでしょう?、なんか大沢たかおに似てるし。」
僕は肩をすくめた。
「ありがとう、でもこの中で年収は一番低いでしょう。」
一瞬、テーブルに笑いが起きる。
深田サンだけは笑わない。
彼女の目が、
ほんの一瞬だけ、僕の左手首に落ちた。
ブライトリングナビタイマー
いかにもパイロット好みの時計だ。
⸻
「射撃、やってますよね。
オリンピックのメダリスト」
唐突に、彼女が言った。
企業内弁護士他、テーブルのメンバー全員が驚いた顔をする。
僕は、ゆっくりと彼女を見る。
「よくご存知で」
「首と、指の第二関節。
あと、姿勢。」
間違っていない。
僕は笑った。
「観察力が鋭いですね。」
「職業柄です。」
彼女はワイングラスを傾ける。
外資系証券。
資本を回す側。
だが、その視線は
数字だけを見ている人間のものではない。
⸻
この場は単なる出会いの場ではない。
結婚相手もしくは使える人脈を作る場所
誰が、
どの組織に属し、
どの程度のリスクを背負い、
どこまで秘密を抱えているのか。
深田サンは、
僕の“外側”ではなく、
“奥行き”を測っている。
⸻
「たしか如月連也さん、ですよね?」
彼女が静かに言った。
名札には、名字しか書いていない。
だが彼女の声には、
わずかな確信があった。
僕は一瞬だけ視線を落とし、
再び彼女を見る。
「珍しいですね。フルネームまで知っている人は。」
声は穏やかだが、
脈拍は一拍だけ速い。
深田サンは笑わない。
「私もクレー射撃をしてますの。」
テーブルの空気が、静かに冷える。
企業内弁護士がグラスを持ち直す音がやけに大きい。
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「リオでは銀と銅でしたね。」
彼女はさらりと言う。
そこまで言われれば、
否定する意味はない。
「そうです。」
「まあ、お陰でキャバクラでは結構モテたりもしますね。」
僕は椅子に深く座り直す。
軽く笑いが起こった。
「臨時収入で、多分500万円は超えるかしら
その格好、まるで、慶應のアメラグ部の人みたい。」
彼女は、俺の身なりをちらりと見る。
ヒューゴ・ボス。
クロケット&ジョーンズのチェッカーブーツ。
ブライトリング。
——全部読まれている。
僕は苦笑いを浮かべ、
「確かにしばらくの間、アームレスリングの試合に出なくても良さそうです。」
と答えた。実はアームレスリングの大会での賞金は俺の副収入としてかなりの金額になる。
「今は、どこに?」
軽い問いだが、
答え方次第で立場が変わる。
「立川です。」
⸻
「なるほど、研究所ですね。私も八王子が地元です。」
彼女は自然に笑った。
八王子。
立川のすぐ西。
偶然にしては、近すぎる。
そして――
僕は“研究所”という言葉を、一度も口にしていない。




