如月一族 その2 (改)
蜜ネエと別れたあと、
立川の研究センターに向かうため、
研究室に一声かけてから階段を下りた。
車はブルーのスバル・インプレッサ22B STI。
ほとんど博物館行きの代物だが、
ラリー好きの従姉殿から譲り受けたものだ。
今なおパープルのランチアHFインテグラーレに乗っている彼女を見ていると、
もはや趣味というより病気だと思う。笑。
⸻
今の僕は現場を外れ、
立川の海上保安庁試験研究センター所属として
東京大学大学院に派遣され、
リモートセンシングの研究に従事している。
一見、学歴ロンダリングのようだが、
実際には東大には産業スパイ予備軍とも言える外国人留学生も多く、
このカオスな環境のおかげで、
むしろ悪目立ちせずに済んでいる。
尤も、先の夏休みには
対テロ特殊部隊SSTの訓練に強制参加させられていたが。
今日は金曜日。
週に一度の報告日だ。
一時間とかからず、立川の研究センターに到着する。
⸻
所長は技官出身の相澤さん。
指定職でありながら気さくで、所員からの評判も良い。
相澤所長自らサイフォンで淹れたコーヒーを、一緒に頂く。
所長曰く、
自身は007シリーズのQのファンらしい。
⸻
コーヒーを飲み終えると、
実験棟へ案内された。
そこには小型のパラボラアンテナのような機器が置かれている。
「A Long Range Acoustic Device――
LRAD。つまり音響兵器だ。
遂に、うちでも実装されることになった。」
「ウェーバーの《魔弾の射手》は好きかね?」
そう言うと、
相澤所長は何気なく僕に向けてアンテナを構え、
スイッチを入れた。
瞬間――
違和感が走る。
……知っている感覚だ。
昨年のオリンピック、
決勝のあの瞬間。
そのことを告げると、
所長は静かに頷いた。
「私の前任者の件は、知っているな?」
――君が五輪で金を逃したのも、
同じ構図かもしれん。
指向性兵器を使ったのが
どこの国かまでは分からんが……」
「確証でも?」
一瞬だけ、視線が鋭くなる。
「私は冗談は言わんよ、如月二等海上保安正。」
コーヒーの残りを飲み干す。
一拍置いて、続けた。
「もしそうなら――
決まった動きのスキートで銀、
変則的な動きのトラップで銅。
その結果にも説明はつく。」
僕がわずかに怪訝な表情を浮かべると、
所長は肩をすくめた。
「実は私も少しクレーをやるんだがね。
普通なら、スキートとトラップの両方でメダルを取るだけでも異例だ。」
そして、真っ直ぐこちらを見て言う。
「だが君はやり遂げた。
ギャビン・ライアルの言葉を借りるなら――
“名人上手は、狙って撃つだけ”というやつだ。」
一瞬の静寂。
「そう思わないかね――『青鬼』君。」
「……。」




