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如月一族 その1

2017年11月。

冷たい雨が降り続く、ある日の午後だった。


研究室で資料を整理していると、

思いがけない来訪者があった。


「久しぶりだね。

当選、おめでとう。

応援に行けなくて、ごめん」


そう声をかけてきた相手は、

トレードマークとも言える明るい黄色のスーツに身を包んだ、

従姉の――如月蜜だった。


場所を学食に移し、

紙コップのコーヒーを挟んで、

僕は先月の選挙について、あらためて祝福の言葉を口にした。


彼女は少し照れたように笑い、


「ありがとう。

……でもね、私もやっと“片がつく”ことになって」


そう言って、

バッグの中から一通の封筒を取り出した。


結婚式の案内状だった。


僕はそれを一度だけ見てから、

静かに頷く。


「……良かったね」


その一言に、

彼女はほんの少しだけ、

肩の力を抜いたようだった。


ちょうどそのとき、

学食のスピーカーから流れてきたのは

Laughter in the Rain。


あまりに出来すぎた選曲に、

二人して顔を見合わせ、

もう一度、笑った。


雨は、まだ止みそうになかった。



実は、うちの一族は奈良時代まで遡れる、古い家系だ。

もっとも、そんな話を持ち出すまでもなく、

若い世代は僕と従姉しか残っていない。


一族の存亡などと言えば大袈裟だが、

それでも彼女の結婚は、

僕にとっても素直に喜べる知らせだった。


「ところで連也、パイカルとは顔を合わせた?」


「いや。

狭いキャンパスなのに、不思議なくらい見ないね」


パイカル――

酔っぱらいそうな名前だが、

従姉の幼馴染で、以前に何度か会ったことがある。

同じ東大の博士課程に在籍しているらしい。


知り合いが四十メートル以内にいれば、

その人特有のリズムと生体電位の組み合わせで、

おおよその位置が分かる。


それが、僕の特技だ。


だが、

彼に関しては、一度も感じたことがない。


「そう。

今日は確かに、いないみたいね。

また改めましょう」


蜜はそう言うと、

サングラスを掛け、

モラビトのハンドバッグを手に、

食堂を後にした。



僕は、バブルが弾ける直前の年に生まれた。


父の仕事の都合で、

十一歳から十八歳までの八年間を、

イタリアとブラジルで過ごした。


ブラジルの高校を卒業後、

カトリック推薦で上智大学への進学が決まっていた。


だが一時帰国した際、

何気なく観た映画――『海猿』に、

思いのほか心を掴まれてしまった。


記念のつもりで受けた海保大に、

なぜか合格してしまい、

そこから悩みは現実味を帯びた。


上智で、

少し浮ついた大学生活を送るのか。


それとも、

海上保安官を目指すのか。


結局、

僕は後者を選んだ。


理由は、

今でもはっきりとは説明できない。


ただ――

あのときは、

海の方が、少しだけ正直に見えたのだ。

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