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アンノウン その後2


彼女の選挙事務所は、夢の島のヨットハーバーに停泊中のヨットだった。

ヨットといっても、モータークルーザーに帆を載せたような船だ。


ヨットのリビングで、

如月さんと並んで俺を待っていたのは、

長身で細身の、浅黒い男だった。


如月さんが、俺に彼を紹介する。


「大谷君よ。大谷永遠――ダイヤ・トワ」


「そう。ダイヤモンドは永遠に、ってわけさ」


彼はそう言って笑い、

何の躊躇もなく、俺に手を差し出した。


「実はね、セキュリティを必要としてるのは、

私じゃなくて、彼の方なの」


「残念ながら、そうなんだ。

如月蜜を襲うなんてのは、

スズメバチの巣に手を突っ込むようなもんさ」


ダイヤは軽く肩をすくめる。


「今回、俺たちは手を組んだ」


「あら。私はただ、

あなたのコーヒーが飲めなくなるのが、

世界にとって損失だと思っただけよ」


LSAの洒落たカップに、

蜜が静かにコーヒーを注ぐ。


「ああ。今回の選挙は全面的にバックアップする。

金の心配はしなくていい」


「だから彼を招いたの。

この事務所のオーナーが、

行方不明になるのは困るもの」


――その会話の軽さとは裏腹に、

俺は悟っていた。


このヨットの周囲に、

もう逃げ場のない危機が、

静かに寄ってきていることを。



如月さんの話では、

大谷は大学時代、同じフェンシング部の仲間だったらしい。


専門はサーブル。

だが、部内ではあまり評判が良くなかったという。


刃が潰してあるとはいえ、

剣は金属の塊だ。

それを、彼の長いリーチで叩き込まれれば、

たいていの相手は痛い思いをする。


――俺も、人のことは言えないが。


現在の大谷は、投資ビジネスと共に

農学博士の知見を活かして食品関係の会社を経営している。


とくに、コロンビアの農園で生産しているコーヒーは、

世界の富裕層のあいだで高い評価を得ているらしい。


「俺の知人の店でも、

スペシャリティコーヒーを扱ってます。

吉良って言うんですが」


「吉良さんには、日本国内での

コーヒーと飲料水の流通を任せている」


そう言って、大谷は

ペットボトル入りの水を差し出した。


「このボトルには、

マイクロプラスチックが含まれない。

だから、コーヒーの抽出も安定する」


さらに続ける。


「肥料は落花生だ。

マメ科の根粒菌を使ってる」


俺が怪訝な顔をすると、

蜜が静かに補足した。



「化学肥料は、

窒素を“無理やり”土に押し込む行為なの」


硝酸態窒素、アンモニア態窒素。

それらを大量に投入すれば、

土壌の微生物バランスは崩れ、

菌根菌や放線菌は減り、

有機物は炭素として固定できなくなる。


土は、

炭素の貯蔵庫であることをやめる。


余った窒素は、

脱窒過程で亜酸化窒素――N₂Oとなって大気に放出される。


温室効果は二酸化炭素の約三百倍。

大気寿命は百年以上。


「つまりね」


蜜は、カップを置いて言った。


「化学肥料は、

温暖化ガスの製造装置なの」


さらに、

炭素を固定できない土は植物を弱らせ、

肥料依存を深め、

投入量を増やし、

結果としてN₂Oを増やす。


完全な構造ループ。


「だから“土”の話は消されるのよ。

農薬も、肥料も、

脱炭素ビジネスも、

全部成立しなくなるから」


「そこいらで煙たがられる理由さ」


大谷が、笑って続けた。


「俺は、

豆類の根粒菌を使っているだけだ。

空気中の窒素を、

必要な分だけ、ゆっくり供給する」


「そんな話を、

あちこちで吹聴しているから、

脅迫されてるわけ。笑」


「それで」


蜜が言う。


「あなたの窮状を見かねた、

コーヒー好きのバチカン関係者が、

私を間に入れてくれたの」



俺は黙って聞いていた。


どれも、

どこかで聞いた話だ。

だが、こうして一本の線で繋げられると、

冗談では済まない輪郭を帯びてくる。


――これは思想じゃない。

利権の地雷原だ。


エリック•サティをBGMに、コーヒー片手に

どこまでが本気なのか分からない話をしている

この連中が、

これからの日本に、

どんな影響を及ぼすのか。


その時の俺は、

まだ知らなかった。



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