12話 アンノウン もう一つのアナザーストーリー
正月が終わり、
俺は先輩を羽田まで見送りに来ていた。
先輩の話では、
あの瑠衣という女――
どうも裏に何かあるらしい。
つまり、
横浜で半グレ連中に絡まれていたのは、
偶然じゃない。
もっと大きな背景がある。
そういう話だった。
搭乗口の前で、先輩は一度だけ立ち止まり、
俺の方を見た。
「……だが、関わるな」
それだけで十分だった。
「お前が目指しているのが、
男稼業じゃないならな」
そう言い残して、
先輩は何事もなかったかのように歩き出し、
そのまま旅立っていった。
「男稼業か?」
俺は一人呟くと、踵を返した。
⸻
新幹線のグリーン車の中で、
先輩から手渡されたレポートを開く。
ご丁寧に四十万円分の領収書まで添えられていた。
よくもまあ、正月に動いている探偵がいたものだ。
――笑えない。
内容は、松田瑠衣に関する調査報告だった。
どうやら瑠衣の父親は、
韓国系のカルト色が強いキリスト教会の幹部らしい。
彼女はそのコネで大学に入り、
布教活動に関わるようになった、
という記述があった。
セナの異変の正体は、これだったわけだ。
しかも、
瑠衣の周辺にいた人物の何人かが、
薬物所持で逮捕されているという
おまけ付きだった。
セナの共通テストが終わるまでは、
何も言わない方がいいだろう。
――その判断が、
間違っていたと知るのは、
もう少し後のことになる。
春休みに入り、
俺は国分寺の真里谷流の道場を訪ねていた。
目の前では、GAPの軍パンにジョンスメドレーのセーターという、一見妙な格好のアギトさんが、木刀を正眼に構えていた。
先輩同様、超イケメンって言葉がピッタリ来る、だがどこか崩れている。
そんな掴みどころのない、そうだ「雲のジュウザ」だっけか、実際にいたら
こんな感じだろう。
アギトさんはゆっくりと剣先を頭上に上げると、そのまま
下ろした。
「コツンッ」避けたつもりだったが、剣先は俺の頭を捉えた。
痺れが来た。
そうして、五本、立ち会って、俺はブラックアウトした。
目覚めたら、夜になっていた。
先輩によれば俺たちは神経細胞に至るまで身体がフラクタル化しているそうだが、
その同じ構造を持つはずのアギトさんの動きが、捉えられない。いや、見えるのだが、身体が眠っていて、意識が目覚めたごとく、いいように打たれてしまうのだ。
いやフラクタル構造だからこそ、アギトさんの“軽い一撃”を続けて受けても
死ななかったというべきか。
アギトさんは、お前は凱よりも筋が良いと笑うが、
その凱先輩の動きですら、到底及ぶものではない。
あれは動けば技になるといった、そんなタイプだ。
しばらくすると、
セナからLINEがある。
その着信音からは何故だか、悲しげな雰囲気が伝わった。
LINEの内容は、瑠衣が倒れたと言うものだった。
1月後、セナと共に瑠衣の葬儀に出席した。
あの日、推薦で国大に合格したセナと瑠衣は、
瑠衣の知人のバーで祝杯をあげていた。
そして、そこに来ていた観光客らしき女から、何か液体のようなものをかけられて
そのまま、意識を失ったらしい。その女もまた、その場で意識を失って
帰らぬ人となっていた。
警察は背後関係を調べているらしい。
表向きには、
そういう扱いになっていた。
やがてセナを残して葬儀会場を出て来た俺の前に止まっていた、アバルト500の中から
黒いスーツ姿の一人の男が降りて来た。
長身で優雅な身ごなし、そして纏う空気の”波長”が
どことなくアギトさんと同じ側だった。
彼は葬儀場に入るでもなく、ただ悲しそうな顔で、
しばらく佇み、
やがて俺を振り返り、二本指で敬礼をすると
再び、車に乗り込み、走り去って行った。
もう一つのアナザーストーリー 完




