表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/113

第6章 動作確認

2011年の節分。


雨音が戻る。


都心の大学病院のロビーを出ると、外は冷たい雨だった。

冬の東京は空気が硬い。街灯が濡れた歩道を銀に染め、吐く息が白く散る。


毎年この時期、俺はここを訪れる。

年に一度の定期検診――二歳のあの日から続く、半生の儀式のようなものだ。



◆ 地下鉄サリン事件 ― “戻された日”


1995年3月。

母に抱かれ、俺はあの事件の渦中にいた。


呼吸停止。心肺停止。

この病院に運ばれ――奇跡的に蘇生した。


診断書には単に〈自然蘇生〉とある。

だが、俺は知っている。あれは“何か”が手を伸ばして戻したのだと。


その日を境に、身体はどこか“ズレた”。


神経毒への異常な耐性。

体温が高く、疲れが抜けやすい体質。


医者は「特異体質」と呼んだが、俺にはそれが当たり前の“仕様”になっていた。


だが――あれはまだ、眠っている状態に過ぎなかった。



◆ 蠍を食った夜 ― 内部で何かが“起動”した


蠍を口にした瞬間、

身体中の細胞が一斉に沸騰するように震えた。


後の検査で分かった。


ミトコンドリアが異常活性し、

発生した乳酸を瞬時に燃やす“未知の分解酵素”が働いていた。


医者たちは驚いていた。

普通なら疲労物質である乳酸が、俺の身体では――


エネルギー源に反転していた。


つまり俺の筋肉は、


▶ 乳酸が溜まらない

▶ 疲労が生まれない

▶ 代謝が常時“高地トレーニング状態”


そんな生体構造に書き換わっていた。


心拍数は常人の半分。

酸素効率は常人の三倍。

筋繊維の復元力は……説明不能。


もう“人間の枠”では語れなくなっていた。



◆ 主治医のつぶやき


「心拍数27……冗談じゃないんだね、君は。」


俺は軽く笑う。


「ええ。止まってる方が自然かもしれません。」


(※いまの俺の身体は、フラクタルボディとして半導体化し、

肺活量一万ccの酸素効率と、乳酸分解酵素による“無疲労構造”で仕上がっている。

赤血球のゼータ電位も最適化状態。

明晰夢による代謝制御が完成すれば――

俺は氷漬けにされても、サソリのように蘇生するだろう。)


医者は笑ったが、俺は冗談のつもりではなかった。



◆ メール ― “蠍の巣”が動き出す


病院を出ると、携帯にメールが届いた。


件名:【Scorpion’s Nest】配信契約の件

送信者:PLATINUM STUDIO


武漢の“あの夢”から作った自主制作ゲーム――

《Scorpion’s Nest》 に、正式な配信オファーが来た。


毒虫同士が融合し、進化し、王を決めるシミュレーション。

蠱毒の構造をAIに学習させた、“あの世界”の再現だった。


「AI進化の新境地だ!」

プロデューサーは興奮していたが、俺は何も設計していない。


見た光景を、ただコードに変換しただけだ。



◆ 夜のガード下 ― “動作確認”


会談を終えると雨は上がり、

千駄ヶ谷まで歩くことにした。


冬の東京の硬い空気は心地いい。

体温が高いせいだろう。


新宿御苑の外壁沿い。

線路下のガードに差しかかったとき。


「やめてください!」


女の叫び。


暗がりを覗く。

酔った男が二人、女子学生を壁に押しつけていた。


反射的に足が動いた。


踏み込んだ瞬間、世界が遅くなる。


雨粒の軌跡が静止し、

空気の屈折が見える。


乳酸が“燃料”として処理され、

筋肉は一切の疲労を感じない。


高地トレーニング状態――常時ON。


一人がナイフを抜く。

刃の反射が、スローモーションの線を描いた。


右手を軽く振る。


――シュッ。


目に見えない霧が走り、

男は白目を剥いて倒れた。

(神経毒の微量噴霧。俺の体内で精製された“副産物”だ。)


もう一人が突っ込んでくる。

脳が考えるより先に、身体が“演算”していた。


カウンターのストレートが顎を砕く。

返す動作で一本背負い。

自販機に叩きつけられ、静かに崩れた。


雨音が戻る。


女子学生は逃げ、

俺は手先の微かな熱が消えるのを待つ。


心拍は27のまま、変わらない。


「……動作確認、完了だな。」


濡れた街をそのまま歩き出した。


氷点下でも肺が痛くない。

乳酸が疲労を生まない。

細胞は無限に燃え続ける。


――俺という“機構”は、完全に動いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ