8話 さよならは言わないで
◆1 アギト──“ラズリとラピスの海へ”
光も音もない深層意識。
アギトの足元には、
星のように光る“青い砂”が漂っている。
前方に、ひとりの少女が立っていた。
ラズリ。
その背後──
淡い光の輪郭が揺れる。
「……ラピス……?」
ふたりは同時に微笑んだ。
ラズリ
「アギト。ようこそ。“魂の海”へ。
ここは人の知らない、もうひとつの原風景。」
ラピス
「あなたに、真実を伝えに来た。」
アギトの胸が締めつけられる。
ラピスは静かに語り始めた。
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◆ラピスの真相
ラピス
「わたしはフェンタニルで死んだんじゃない。
“見てしまったから”殺されたの。」
青い海が揺れた。
ラズリがそっとアギトの手を握る。
ラピス
「フェンタニルの箱に──
大量の自動小銃、弾薬、防弾装備が隠されていた。
芸術展は、荷物検査が甘いから。」
「少女像の中に武器が詰められてたの。
“見たら、生かしてもらえない”……それだけ。」
アギトの拳が震える。
ラピス
「わたしを殺したのはドラッグじゃない。
“武装セルの警護連中”だった。」
波紋が荒れ、青い砂が飛沫のように舞う。
アギト
「…………」
ラズリ
「怒っていい。でも──怒りだけで動いちゃダメ。」
ラピス
「あなたは“門を開く者”。
わたしたちの死を、無駄にしないで。」
アギトは目を閉じた。
「……約束する。」
深層海が裂ける。
アギトは“第二の門”へ向かって歩き出した。
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◆2 光一──“武装セル壊滅戦”
名古屋港・第四倉庫群。
夜風がコンテナの隙間を抜け、
金属の匂いが漂う。
光一は呼吸を整えた。
装備は──
•ウージー(サプレッサー)
•ベレッタ92F
•ラブレス・ハンティングナイフ
味沢から渡された“最低限の戦闘装備”。
光一
「名古屋は……信長の野望を語るに相応しい街だな。」
倉庫の扉がわずかに開く。
中では中国語・台湾語が飛び交い、
フェンタニル箱の横で自動小銃が整備されている。
“展覧会”で使う予定の少女像が置かれていた。
内部には──黒く長いライフルの影。
光一の目が細くなる。
「これで確定だ。
ラピスを殺したのは“フェンタニル”じゃない。」
影が動いた。
光一はウージーを傾け、
サプレッサー越しに三度、軽く引き金を引く。
──シュッ、シュッ、シュッ。
三人が無言のまま崩れ落ちる。
光一は音ひとつ立てず、倉庫に滑り込んだ。
散弾銃を構えた男が叫ぶ。
光一は床を転がりながらベレッタを抜き、
──パンッ。
眉間へ一発。
(次。)
数秒で倉庫は沈黙に包まれた。
粉々になった少女像の破片が散らばり、
白い粉が砂のように積もっている。
光一は自動小銃とフェンタニル箱を見下ろし、呟いた。
「ハンプティ・ダンプティ……砂の中、ってか。」
外へ踏み出した瞬間──
背後から銃弾が光一の首筋を掠めた。
構えた男は、息も絶え絶えにその場で崩れ落ちる。
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◆3 蘭──“交差”
反対側の武装セルを掃討した蘭が駆けつける。
光一は倒れたまま、蘭を見た。
光一
「……どうやらまた、ハードラックとダンスっちまったらしい。」
蘭
「血まみれだ。救急車呼ぶぞ。」
光一
「要らん。自分の事は自分がいちばん分かってる。」
呼吸が浅くなる。
光一
「……ところで。瑠衣は最後に、何て言ったんだ。」
蘭は短く目を閉じた。
蘭
「『ああ、光一くん』──だったと聞いているよ。」
光一は笑い、吐息を漏らした。
光一
「……嘘つきめ。」
息が途切れる直前──
蘭の瞳孔が紫に開く。
オービターアイが光一の“波長”を掴む。
蘭
「……行け。」
光一の存在が、別の次元へ滑るように落ちていった。
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◆4 光一──“瑠衣の待つ駅”
無人駅。
看板には、見覚えのない文字。
《キサラギ駅》
電車を降りると、
改札の外に──瑠衣がいた。
彼女は小さく鼻歌を歌っている。
大場久美子の
「大人になれば」。
光一は、彼女に向けて手を挙げた。
瑠衣が泣きそうに笑い、
同じように手を挙げ返す。
名古屋の風が吹き抜ける。
地球の酸化計画。
動員法に基づく武装ネットワーク。
No.1コピーの都市操作。
それらが絡み合う只中で──
ひとつの魂が、救われた。
夜風だけが、
三つの戦いの境界線を静かに横切っていった。
光一の息が、静かに途切れた。
名古屋港の夜風が、
血と潮の匂いを運んでいく。
蘭はしばらく光一の顔を見つめていた。
怒りでも悲しみでもない。
ただ、深く、静かな感情。
遠くのコンビナートで警報が鳴る。
名古屋の街がゆっくりと赤く明滅する。
蘭は小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……本当サ。」
それは光一への答えでも、
世界への嘆きでもなく。
“この戦いはまだ終わらない”
という、ただひとりの覚悟だった。
蘭はコートの襟を立て、
背を向けて歩き出す。
血の匂いも
海の湿り気も
港のネオンも
すべて、彼の背中の向こうへ消えていく。
ただひとつだけ残ったのは──
夜風に揺れる、
ひと筋の紫の光。
蘭の瞳の奥で瞬いた“オービターアイ”の余韻。
そして、静かな港に再び闇が戻った。
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光一の亡骸の前を去る蘭。
紫の光が闇に溶ける。
次の瞬間──
地面の磁場が“震えた”。
夜の港が、かすかに青白く歪む。
蘭は立ち止まり、
ゆっくりと空を見上げた。
「……来たな、コピー。」
名古屋の街のどこかで、
No.1の影が薄く笑った。




