7話 慰めの報酬
◆ 1 アフリカ某国大使館 ― “別の国”の空気
冬の東京。
青山・国連大学のすぐそばに立つアフリカ某国大使公邸は、
南欧風の外観とは裏腹に、中へ入った瞬間 “別の国家” へワープする。
日本の官庁では絶対にあり得ない。
命令口調。
荒い軍靴。
上下関係むき出しの圧。
空気の密度だけが“砂漠の国”のそれに変わっていた。
その中心に立つ男――
劉剣。
元・天才ファンドマネージャー。
現在は 浙江財閥の運用責任者。
浙江財閥――
満州阿片ルート → 敗戦と同時に台湾へ逃れ →
島ごと影の王国を築いた“無国籍階層”。
民主主義の仮面をかぶり、
中国本土とも利益を共有する“逆に最も危険な存在”。
劉剣の目は、蘭たちを値踏みする猛禽だった。
「オリンピック金メダリストの諸君。
ようこそ、特別室へ。」
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◆ 2 王書文 ― いかにもな“小物”
劉剣の背後に立つ、グレーのマオカラースーツの男。
王書文。
“ラーメン大好き小池さん”を中国向けに粗悪コピーしたような顔で、
常にニヤついている。
部下が書類を差し出した瞬間、空気が爆ぜた。
「……お前ッ!!
言っただろうッ!!
順番を間違えるなと!!」
怒鳴られた部下は半ば土下座するように退く。
王書文は一瞬で笑顔に貼り替え、蘭たちへ向き直る。
「失礼しました。続けましょう。」
蘭は鼻で笑った。
「……デイビッド・ニーブンにはなれそうにない。」
(ここから二人はドイツ語)
蘭
「Solche Typen gibt’s überall.
どこにでもいる。ああいう“つまらないやつ”。」
白乾児
「いかにもだ。」
王書文は意味が分からず、不機嫌だけが濃くなっていく。
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◆ 3 オービターアイ ― 第2段階へ
テーブルにチップが積まれる。
空調の音すら緊張している。
蘭がカードに触れた瞬間――
視界が“静電の色”に切り替わる。
オービターアイ発動。
・ディーラーの微呼吸
・カード繊維の振動
・室内の重心
・そして劉剣の“思考の色”
白乾児
「今日はどれくらい見えてる?」
蘭
「普通だ。
ただ――こいつは、計算が速い。」
劉剣の脳は数学そのもの。
だが蘭は、その“上位概念”を見ていた。
最後の一手。
蘭は淡々とカードを置く。
「劉剣。
――“羅諾”は元気かい。」
劉剣の瞳孔が割れた。
「っ……!!
な、なぜその名を――」
蘭
「喋ったのは、お前の方だよ。」
オービターアイ第2段階――“内部音の漏洩”。
――滿州 → 台湾 → 日本政治 → 中国軍産
――ドラッグと半導体
――金本兄弟の裏に羅諾
――瑠衣の死の因果
――安針の死の根源
一本の線が、蘭の視界に束ねられていく。
結果――
蘭と白乾児は二人で 100億円 を勝ち取った。
劉剣は蒼白だった。
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◆ 4 襲撃と“淘汰”
地下駐車場。
黒スーツの集団が走ってくる。
王書文
「動くな!!
金を置いて行け!!!」
白乾児
「なんでいつもこうなる……
飯、まだなんだけど。」
蘭
「不思議なことに、監視カメラは故障してる。
お前さんの仕事だな。」
白乾児は肩をすくめるだけだった。
次の瞬間――
蘭の視界で“世界の密度”が反転する。
空気の色が変わり、部下たちが次々と崩れ落ちる。
戦闘ではない。
ただの 選別。
白乾児
「今回ばかりは相手が悪かったな。」
震える劉剣が、かすれ声で言った。
「かつてイギリスは阿片で中華帝国を崩壊させ、
今度は石油独占のためにオスマン帝国を崩壊させた。
だが我々は、虐げられてきた第三世界と手を結び、
共存共栄の“一つの路”を築く。
資源も文化も統合し、
新しい循環を生むのだ。
――それこそが21世紀の正義だ。」
蘭はあくびを噛み殺した。
蘭
「正義ね。
でも、その“路”ってさ――結局」
軽く視線を落とし、温度ゼロの声で続ける。
「終点で身ぐるみ剥がれるか、奈落への一方通行。
……“ハニトラ仲間”の日本の政治家だけ連れてってくれりゃ、
それで三方良しだ。」
一拍。
空気の密度が落ちる。
蘭
「そろそろ――お迎えが来る。」
劉剣の呼吸が、壊れた音を立てた。
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◆ 5 引き渡し ― ペルソナ・ノン・グラータ
裏路地。黒塗りSUV。
南米の“闇医者”(=バチカンの非公式連絡員)が降り立つ。
白乾児
「アディオス。
これは――ペルソナ・ノン・グラータ だ。」
劉剣も王書文も抵抗すらできなかった。
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◆ 6 青山 ― A面エンド
白乾児が夜空を見上げる。
「瑠衣……
終わっちゃいない。まだ続きだ。」
蘭
「行こう。
“Dr.NO(羅諾)”に、NOを返す。」
二つの影が、闇へ溶けていく。
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◆ 7 同刻:国立劇場 ― B面エンド《トスカ》
プッチーニ《トスカ》。
金色の光が舞台袖を染める。
弓を構える女性――
リンダ・デ・スカルピア。
蘭の母。
古代ローマ親衛隊“プラエトリアニ”の血を継ぐ者。
元イ・ムジチ。
今回の来日は二つの目的。
夫・萬尾安針の墓参り。
そして、この《トスカ》。
観客席。
如月博士が蜜に囁く。
「台湾は“コウモリ”だ。
国際法の義務を逃れ、
都合のいい時だけ民主主義の顔をする。
だが裏では――
満州阿片ルートを握っていた浙江財閥が、
“影の王国”として実権を握っている。
半導体とドラッグ。
この二つを押さえた連中は、
世界の支配権を取りに来る。」
蜜
「……そんな未来になるの?」
如月博士
「十年以上前から分かっていた。
だから私は“保険”として
お前とパイカルを作った。
だが――イレギュラーが生まれた。
蘭だ。」
蜜
「イレギュラー……?」
如月博士
「計画を超える存在。
想定を超えた答え。
お前たちだけでは世界は変わらなかった。
だが蘭が入った瞬間、
未来は別の方向へ動き始めた。
十年後――日本は存亡の危機に立つ。
……賽は投げられた。」
舞台の《スカルピアのテーマ》と、
麻布の闇に響く蘭の足音が――
完全に同期した。
世界は、次の段階へ移行する。
《第三部 完》




