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 5話 〜ドラキュラの花嫁〜残酷な天使のテーゼ


俺の名は――赤井 彗。


まあ自分で言うのもなんだが、首都高じゃ赤い彗星なんて呼ばれてる。

……「人の三倍早く振られる」って噂はデマだ。多分。


エンジニアとして有能、男としても悪くない。

戦慄の貴公子なんて言われたりする。この俺を形容するには悪くない。



仲間の紹介はこうだ。


■ 吉岡 蓮

俺の相棒。中学からの腐れ縁。

TV局のADで、配信仲間でもある。義理堅くて頼れる男。


■ 狩尾 数統郎(伯爵ち)

カリオヤスオ。どう見てもカリオストロ。

東大大学院生の天才。


■ 花房 真名美

俺でも読めない、謎だらけの美人。

高嶺の花ってのは、このタイプを言うんだろう。

職業はプロダクトデザイナー。

吉岡と俺はいつも振り回されているが……まあ、美人だから許す。


■ 味沢 岳

シェアハウスの住人じゃないが、会社の常務で元・海保。

“男の証”を

背中で語るイケおじ。俺の憧れだ。



そんな一癖も二癖もあるメンツと暮らしているのが、

横浜市金沢区の入江沿いにある一軒家だ。


道路とリゾート風の遊歩道の向こうには白いヨットが揺れ、

モノレールの高架が東京湾へと延びていく。


俺たちは男女3名ずつの恋愛リアリティショーの出演者で、

この山小屋風の家で暮らし始めて、そろそろ2ヶ月だ。


吉岡と真名美は、どうやら以前からの知り合いらしく、

カップル成立目前。成立したら即・卒業。それが番組のルール。


――だが、ある日から空気が変わった。


「恋愛リアリティショーって、普通、部屋に隠しカメラ1台じゃね?」


ポテチを投げ、キャッチし損ねて床に落としながら言うと、

吉岡は指を鳴らした。


「うち、8台な?」


「……は?」


「しかも昨日、3台増えてた」


血の気が引いた俺を見て、吉岡は言った。


「これ、バラエティじゃねぇよ」


その直後、事件が起きた。


メンバーの一人――吉永ありさが3日前から失踪。

昨日になって突然LINEが届いた。


《私、辞めます》


以上。荷物は残されたまま。


……嫌な予感しかしなかった。


そして今日、新しい女性メンバーが来るという。



■白いワンピースの少女


玄関のドアが開いた瞬間――

俺の時間は止まった。


白いワンピース。

儚く微笑む横顔。

風に溶けそうな佇まい。


どこか「永遠のコメットさん」大場久美子を思わせる儚さ。


そして何より。


中学の同級生・松田瑠衣に、あまりにも似ていた。


姿も仕草も、声の震えまで。


だが瑠衣は――

3年前の事故で死んでいる。


葬儀で棺を見たあの日から、俺は時間を失った。


それなのに。


「はじめまして。

 七瀬 瑠衣です」


背中を冷たい汗が落ちる。


震えた声で言った。


「ようこそ。ここが、俺たちのシェアハウスだ」


そのときだ。


「久しぶり。

 赤井くん」


いつか聞いた、小さな声。


間違いようのない――

松田瑠衣の声だった。


この女の中には、

“二人の瑠衣”がいる。



■血液記憶


夜。

瑠衣は俺に打ち明けた。


瑠衣――いや正確には“木下瑠衣”は、

もともとパイカルが作った《ヴェッセル》だ。


妹として生まれた彼女の身体には、

ごく微量の特殊な因子が仕込まれていたらしい。


そこにパイカルが“花嫁の印章インシグニア”と呼ぶ血液を注ぎ込んだ。


それは遺伝子でも、薬でも、毒でもない。

“死者の記憶”そのものを運ぶ、禁じられた媒体だった。


その血は新しい肉体に流れ込み、

“中に眠っていた誰か”を静かに揺り起こした。


そして――

木下瑠衣という少女は、

やがて“二つの魂の容れ物”になってしまった。


「……テレビで赤井くんを見た瞬間、

 胸が痛んで……涙が出て……

 気づいたら応募していました」


身体の奥の“誰か”が、

俺に会いたいと叫んだと言う。


それは木下瑠衣じゃない。

**松田瑠衣の“血液記憶”**だ。


二つの記憶は、静かに彼女を壊し始めていた。



■特別ゲスト訪問


番組のサプライズ企画として、

玄関に二つの影が現れた。


ひとりは黒のサングラスにラフなパーカー――蘭。


そのサングラスは Persol 2730-S。

アランドロンや宍戸錠が映画で使った、あの“異様に存在感のある”形だ。


普通の男なら浮く。

だが蘭は――

かけるのではなく **“支配”**していた。


もうひとりは麻のスーツ姿――パイカル。

まるで昼と夜が並んで歩いてきたようだった。


真名美は驚きの声を上げた。


「……蘭? 本当に来たの?

 どこか遠くに行ってしまうと思ってた!」


蘭はサングラス越しにウインクした。


「俺がいない間、世の中平和だったろ?」


吉岡が笑う。


「平和そのものだったわ!」


その日常の笑いの裏で――

悪夢のカウントダウンは始まっていた。



■崩壊


深夜。

“残酷な天使のテーゼ”をBGMに

俺のシャア専用オーリスでドライブから戻った直後だった。


瑠衣は胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。


「……あか……いくん……

 いたい……いたい……」


二つの人格が衝突し、

身体はもう耐えられなかった。


触れた瞬間――

ビリッ。


静電気が爆ぜ、

瑠衣の背後に“白い少女の影”が重なった。


松田瑠衣だ。


「……助けて……赤井くん……」


泣きながら俺を呼ぶ。

その声は3年前の初恋そのものだった。



■回収


玄関が勝手に開いた。


麻のスーツが風に揺れる。


パイカルだ。


「……もう限界だよ。

 “二人”は同居できない」


「ふざけるな! 瑠衣を離せ!」


「僕がやったんじゃない。

 血液が勝手に記憶を蘇らせた。

 ――君が引き金を引いたんだよ」


パイカルは崩れた瑠衣を抱き上げた。

儀式のように静かに。


瑠衣は俺に手を伸ばし、

泣きそうな目で言った。


「……また……ね……

 あかいくん……」


車のドアが閉まり、

白いワンピースは闇に消えた。



■終わった恋


俺は立ち尽くし、

夜の入江を見つめた。


三年前に死んだ初恋が、

もう一度戻ってきて、

そしてまた奪われた。


胸の奥で音もなく崩れるものがあった。


星が滲んだ。


笑うしかなかった。


「……今度は――」


風が揺れた。


「3倍長く続いた」


俺の恋は――

これで終わった。



深い息を吐き、空を見上げる。


「……3倍長く続いたよ。

 まったく、残酷な天使のテーゼだな……」


少し間を置き、

海の向こうに消えた麻スーツの背中へ――

ネルトンの柳沢慎吾ばりに叫んだ。


「……やるじゃないか!

 覚えてろよ、パイカル!!」


夜の入江に叫びだけがこだました。



その時だった。


シェアハウスの窓の向こうから、

番組のエンディングテーマ――

ジャクソン5『Never Can Say Goodbye』

がふわりと流れてきた。


その時だった。


シェアハウスの窓の向こうから、

番組のエンディングテーマ――

ジャクソン5『Never Can Say Goodbye』

がふわりと流れてきた。


切なすぎるほどタイミングが悪い。


俺は空に向けて、ほんの少しだけ声を張った。


「……サヨナラなんて、いえねえよ!

 ……ばっかやろー!」


マッチのブルージーンズメモリーの“あれ”を

本気でキメてしまう自分に、思わず苦笑する。


潮風が吹き抜け、

夜の入江だけが静かに笑っていた。




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