第三部 1話 まほろば
「2013年、日本国では漸く、日本防衛組織JANUSを結成していた。
JANUS本部は千駄ヶ谷にあるとあるマンションの地下に秘密裏に構築され、
冷静沈着な萬尾司令官のもと、日夜、反日勢力に対して敢然と挑戦していた。
筈だったが、萬尾安針――前司令官が暗殺されて三年。
その空白のあと、席に座ったのが味沢岳だった。
海保対テロ特殊部隊SSTで名を知られた男。
2016年現在、JANUSは大きな方向転換を迫られていた。」
JR千駄ヶ谷駅と代々木駅の中間。
新宿御苑に面した落ち着いた灰色の外観を持つ、五階建ての小規模マンション――
《代々木エンパイアコート》。
外から見れば、ただの住宅街の一角。
しかし、この建物の“裏側”を知る者は少ない。
居住棟とは別に隣接する事務所棟があり、
その一階から三階には日本ユニバーサルサービス株式会社の本社が入っている。
夢の島マリーナの管理、パレード警備、東京マラソンの安全対策。
公共案件を多く扱う、上場済みの民間警備会社だ。
その事務所棟の地下にだけ、
社員の大半が知らない“別の階層”が存在する。
地下12メートル――核シェルター階。
そこに、表向きの顔とは別のもう一つの組織が眠っていた。
《JANUS》本部。
英語表記は Japan Universal Service。
Japan=JAN、Universal=U、Service=S。
その頭文字をつなげたコードネームが “JANUS”。
表と裏、過去と未来を同時に見つめるギリシャ神話の“門番神”と同じ名は、皮肉のようでいて、妙にしっくり馴染んでいた。
さらに、社名の“ユニバーサル”も
かつてジェームズボンドが勤務していたとされる《Universal Exports》へのパロディでもあった。
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事務所棟の地下。
静脈のように張り巡らされた配管と黒い鉄骨の間に、
政府の一部しかアクセスを許されない《JANUS》があった。
表と裏。
可視と不可視。
危機と安全。
二つの門を同時に開く“門の神”の名にふさわしい構造だった。
地下フロアは硬質な静けさに満ちていた。
余計な装飾も、軍隊的な威圧もない。
だが、直線的な配置と照明だけで“戦う場所”だと分かる空気があった。
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■隊員の装備
男性隊員
・耐静電/耐薬品/耐火/防刃素材
・グレーのマオカラースーツ(上下セパレート)
・グレーのM43制帽
女性隊員
・同素材のパープルグレーのジャージスーツ
・グレーのM43制帽
そして――
通常警備員(表のNUS=日本ユニバーサルサービス)
・ブルーグレーの制服
・ブルーグレーのM43制帽(フロントボタンは1つだけ)
裏のJANUS隊員とは、色で明確に隔てられている。
だが表と裏が同じ装備で揃っているのは、
どちらが“本体”か曖昧にするための意図でもあった。
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2016年の空気は、三年前と違う。
前任の萬尾安針はいない。
永田町での“事故”。
バイクに撥ねられたという報道はあまりに簡潔で、逆に不自然だった。
海保の者たちは薄々気づいていた。
あれは事故ではない。
音響兵器による失調。
平衡感覚を奪われた瞬間の、あまりにも静かな死。
味沢は、巨大モニターに浮かぶ監視データを黙って眺めていた。
右手の缶コーヒーは、すでにぬるい。
あの死から、すでに長い時間が流れていた。
JANUSは内部も外部も、巨大な再編の途中にあった。
あの時、真白 凱の狙撃を要請してきたのは、
奈良時代から続く“司法と儀礼”の系譜を持つ秘密組織、
古代から続く東儀・西儀の流れ。
自らを「まほろば」と名乗っている。
しかし味沢は、一度たりとも
「お前らは八咫烏か?」
とは聞かなかった。
――余計な線引きはしない。
陰謀論の大半は事実だ。
細部を詮索すると、仕事の精度が落ちる。
それだけの話だった。
実際、味沢は真白 凱を静かに排除した。
介入の理由は知らない。
ただ“必要とされていたから”そうしただけだ。
「金なんて要らん。
腐るほど見てきた。
それより“使い道”のない正義を一つ持ってる方がよほど楽だ。」
「役職? 知らん。
空いてたから座っただけだ。」
「人は皆、肩書きに乗るが、
俺は風に乗るだけだ。」
実際、現金は受け取っていない。
だが役員就任=ヤヌス司令官着任と同時に会社側から告げられたのは――
「高額退職金保険への加入」
前任の萬尾安針には、会社の保険から 5億円 が支払われたと聞かされた。
さらに安針自身の生命保険、マンションローンの団信保険まで発動。
その結果――
安針の息子・安樂蘭には巨額の保険金と不動産が残った。
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■日本ユニバーサルサービス(JANUS)
表向きは、夢の島マリーナ、国際パレード、東京マラソンなどの公共案件を請け負う、公安系公務員の天下り先として大いに羽振りの良い警備会社。
裏側では、公安・海保OB、経済スパイ対策班、情報統合室が連動し、
国家が直視したくない“静かな侵入”に対処していた。
安針の死後に上場し、
蘭のストックオプションは数億円の価値になった。
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■萬尾安針記念財団 ―― “まほろば”の外側
味沢の協力のもと蘭が代表となり設立した財団。
目的は明確だ。
政治を信用しない保守層の富裕層は多い。
親族もなく、死後の財産を国庫に吸われるくらいなら――と、寄付先を探し続ける老人たち。
――政府を信用しない保守系富裕層の遺贈を、安全に引き受けること。
国家に奪われる前に、国民の利益のために使うため。
海保とも繋がりの深い公益法人・大和財団も同じような募集を行っている。
だがその実態は保守系でありながら、
中華系金融マフィアの浙江財閥や韓国のカルト教団と繋がる“第三極”。
ギャンブル資金を背景に歴代首相人事に影響力を持つ、複雑な利権の裏顔もあった。
蘭は、それらどれにも完全には依存しない第三の資金源として、財団を置いた。
味沢は
「保険としては合理的だ」
とだけ言った。
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■そして――蠍の帰還
味沢は端末に視線を移す。
そこには、今日,コロンビアでの“アルバイト”から帰国する人物のデータが表示されていた。
安樂蘭
――元・萬尾亜門。
ブラジル避難から三年。
その軌跡は、誰にも踏めない“外部の道”だった。
缶コーヒーを飲み干す。
静かに呟く。
「革命は外で起きない。
静かに、内部から始まる。」
蘭を中心に、
JANUSと財団と“まほろば”が
新しい軌道で絡まり始めるのは、もうすぐだった。
「まほろば、ね……
連中はまた、何かを動かそうとしてる。」
味沢すら察していない、別の“ゲーム盤”。
蘭はすでに、その外側に片足を置いていた。
その時、地下エレベーターが静かに動き出した。




